4-5.最後のチャンス
「もう、レンったら! 急に飛びのってきてびっくりしたんだからね!」
『あの輩がそなたを妙に気にしていたから牽制しただけだ。』
「思わず反応しそうになったのよ…あんな方々の前で露呈しようもんなら面倒でしかないわ。」
馬車に乗って早々にセリーナはレンに苦情を伝えた。
いくら【精霊が見えません】特訓を受けていても、いきなり頭の上にのってくる想定はしていない。一瞬目が開きかけたが、おそらく隣にいたガルクス公爵令嬢、もといミファ様には気付かれていないだろう。
『まあいいではないか、隠せていたぞ。
それにしても隣を歩いていた人間、お前が契約者だと気付いたのではないか?』
「……え? ミファ様が? そんな素振りもなかったけど……」
『まあ相手の精霊にも伝えておいたし、彼女の性質を見る限り勝手に喋ることはしなそうだな。気付いたこともそなたに言わないだろう。
なかなか良い気を持っていた。フクロウが選ぶだけあるな。』
ミファ様の精霊は真っ白なフクロウだ。フクロウが知能や冷静さを象徴する点からいえば、ミファ様にピッタリだと思う。
先ほど出会った時にもこちらに静かに頭を下げてくれたあのフクロウは、余計なことは言わないでくれるのだろう。
「それにしても、他の精霊ってレンの頼み事をよく聞いてくれるわよね。」
『……まあ、そうだな。』
「レンに対してだからってことじゃなくて、精霊たちは皆がお互いを尊重しあってるってことなのよね?
素敵よね、そういう関係。」
『…………そうだな。』
わざわざ言う必要はない、聞かれてもいない、と思い自分が精霊界のトップであることを契約者であるセリーナに黙ってきたレンであるが、秘密にするつもりは微塵もなかった。
伝えるタイミングを完全に逃したのである。
レンが複雑な心境を抱えている間に、ゴルドー家に到着する。
同乗していたナタリアと共に馬車を降り、別宅へ戻ると、ナターシャがケーキを焼いて待っていた。
「お帰りなさいませ。
セリーナ様の好きなケーキを焼きましたよ!」
「ただいま! 美味しそうな匂いね、一緒にいただきましょ!」
セリーナが成長するにつれ、同じ食卓につくことを遠慮していたナターシャとナタリアの親子二人だが、私たちしかいないから一人だと寂しいと言われ、食事やティータイムは常に三人で取ることが日常になっている。
セリーナにとっては、この三人で食卓を囲む時間がとてつもなく幸せに感じられる時間だった。
父は論外だが、義母や義妹とは仲良くやっていてもこうして食卓を囲んだことは数えるほどしかない。今、自分の家族はと聞かれれば、セリーナは間違いなくこの二人をあげるだろう。
そうして穏やかな時間を過ごして自室に戻って課題をこなしていると、いつの間にか姿を消していたレンがそっと机の脇に戻ってきて手紙を置いた。
青色で模様が描かれた既に見慣れた封筒である。
「あの方からね。いつもありがとう。」
『一体いつまで続けるんだ、これは。』
「うーん、どうなんでしょう。なんだか終わる気配がなくて。レンは大変よね、ごめんなさい。」
『そなたが楽しそうだから構わないが、この文通相手のことを知りたいとは思わないのか?』
「そうね……最初はとんでもない下衆だと思ったけど、話してみれば博識でとても良い方だったの。私に会いたいと言ってくださるけど、…私はこんな状況でしょう?
相手にも申し訳ないし、夢を壊したくないというか。」
『相手がどう考えるかはともかく、あの元気な人間もよく言っているが、そなたは自分を卑下しすぎだ。』
あの元気な人間とは言わずもがな、ルイーザのことである。
賑やかなルイーザのことはレンも実は気に入っている。
「…まあそんなことはいいわ! きっと学生の間だけでしょうか、ら………え?!」
『どうした?』
「ど、どうしよう……、仮面舞踏会に誘われてしまったわ…!!!」
『ああ、朝から騒いでいたやつか。』
驚くセリーナは、何度も手紙を読み返した。勿論、見間違えではない。
そこには、身分を明かさず、お互い素顔を見せないことを前提に、仮面舞踏会で会ってほしいというお願いが書かれていた。
ルイーザには色々言われたが、それでも出席を見送る予定であったセリーナは、まさかの誘いに内心パニックになっていた。ルイーザが知ったら、私になりすましてでも了承の返事を書くほどに喜ぶだろう。が、セリーナはそうではない。
『なんだ、迷っているのか?
行けばいいではないか。文通相手に会えるぞ。』
「そんな簡単に言って! 問題が山積みよ。大体ドレスだってないし、……というより、まず、第一に、この私よ!?」
『うん? そなただからなんなのだ。』
「私は学園では目立たない、そこらの女子生徒の一人くらいの感じなの。私の顔と名前が一致してる生徒なんて同じクラスの子たちだけだと思うわ。
しかも精霊と契約していることは知られているし、そんな相手がまさかここまで陰の薄い女だなんて思わないはずよ……そんなのがノコノコと行けないわ。今日ミファ様たちと一緒に歩いただけでも事件だもの。」
『ではいい機会ではないか。これを機に、そなたも少し自分を隠すのをやめればいい。』
「レン、あなた知っているくせに何を……」
『セリーナ、前々から言おうと思っていたんだ。』
レンは音もなく机から飛び降りると、同時に本来の姿に戻ってセリーナと向き合った。
机の高さと同じくらいの大きさになったレンは、セリーナに近付くと励ますように鼻先をつけた。




