4-1.最後のチャンス
ガルクス公爵令嬢の読み通り、午後の授業が終わる頃にはナイクル侯爵令嬢のやらかしと共にゼファル公爵令息の仮面舞踏会の話まで学院中に広がっていた。ナイクル侯爵令嬢が羞恥と苛立ちで早退しようとした中で、担任からお咎めを受け渋々最後まで授業を受けたが、最終講義が終わると同時に教室から退出した。張本人である彼女からのとばっちりを気にしないですむため二学年でも話は大いに盛り上がった。
ほとんどの者が浮足立つ中、約一名、活火山であれば噴火する勢いで怒りを露わにしている者がいた。
「しっっっんじられない!!!!!
本当の話かしら!? ルークが! 野蛮ですって!? 失礼にもほどがあるわ!!!!」
「うんうん、それには完全に同意だけど一先ず落ち着こうか。」
これもガルクス公爵令嬢の予想通り、ルークの婚約者であるルイーザは憤慨していた。その横でなだめているのは勿論セリーナである。
定期的にみられるこの光景はクラスメイトには見慣れた光景であり、元々明るい性格で周りからも好かれているルイーザに対して怪訝な目を向ける者はいない。寧ろ微笑ましく見守っており、わざわざナイクル侯爵令嬢に告げ口するような者もいない。
誰しも侯爵令嬢の暴論だと認めているし、婚約者への中傷に怒りをあらわにするルイーザは至って普通の反応だからである。
「いいえ! これが初めてではないもの。文句を言わなきゃ気が済まないわ。」
「うん、もう件の令嬢は帰宅されたそうよ。無駄足になるからやめておきなさいね。」
「逃げたのね!? 信じられないわ、ルークが野蛮ですって? あんな凛々しくて逞しいルークが、野蛮!? あの女よりもよっぽど品もあるわ!!!!」
「うん、いくらご本人がいないからって暴言はよそうね。」
セリーナも手慣れたもので、これはルークに会わない限りはおさまらないと分かっているため、本気で落ち着かせようとはしていない。彼女がルークの教室に向かうまでの繋ぎといえる。
「ルーク傷ついていないかしら?」
「ルーク兄様に限って今更何とも思わないでしょう。」
「名誉あるお仕事だと嬉しそうにしていたのよ?」
「うん、素晴らしいことだもんね。」
「それを野蛮だなんて無礼にもほどがあると思わない!?」
「実際問題、王家に対する中傷と取られかねない発言ではあるわね。」
「ガルクス公爵令嬢がおさめてくださったんですって。どこかの野蛮な令嬢と大違いよね。」
「そうだ……っと、うまいこと暴言を混ぜないでよ。同意したら面倒だわ。」
「どうしてよ、事実でしょう!?」
「事実だとしても、口に出すと取り返しがつかないこともあるのよ。かのご令嬢と同じレベルに立つまでもないわ。いくら皆が静観してくれているからといって、人の口に戸は立てられないのよ。場所を考えなさいな。」
「……そうね、それは軽率だったわ。でも撤回はしないわよ。」
「そうね、撤回はしなくていいと思うわ。事実だから。」
ふふふと笑い合うと、ルイーザはそそくさと帰り支度を始めた。
「ルーク兄様のところに行くのよね?」
「ええ、勿論! そんなことないわって励ましに行かなきゃ!」
「そう、じゃあ私は先に帰……」
「今日はセリーナも一緒に行きましょう!」
「え……なんで?」
「ほらほら早く!!」
ルイーザに急かされるがままに帰り支度をすると、一人帰宅しようとする前に腕をつかまれ、一緒に三学年のルークの教室へ連行される。道行く人がルイーザを見て「ああ、やっぱり来た」と静かに微笑んでいる。
毎度のことで三学年の生徒たちにも恒例行事のように思われている節がある。
生温かい目にセリーナのほうがいたたまれなくなるも、当の本人は意に介さずにどんどん進む。ルークの教室に到着すると、まだ教室内にほとんどの生徒が残っていた。その残っていた者のほとんどがこの【恒例行事】を見て癒されるためだということは、ルイーザだけが気付いていない。
「ルーク!!!!!!!」
「ああ、ルイーザ。お疲れさ……」
「大丈夫!? もう二学年でも広まってるのよ、あなたが野蛮だなんて無礼な発言をした野蛮な令嬢がいるって!!
野蛮な発言をしておいて早退しようとするし、でも先生に止められて渋々最後までいたと思ったら終わるやいなやすぐに帰宅したのよ!?
今回ばかりは文句を言うために私も野蛮な令嬢になってやろうかと思ったけど、野蛮な男に野蛮な婚約者ねとか言われて手が出そうな気がして泣く泣くやめたのよ!!」
教室内の一部から笑いをかみ殺す声が聞こえてくるが、ルイーザは至って真剣である。ルークも苦笑いを浮かべつつ、内心はさっさと帰宅してくれたナイクル侯爵令嬢に少しばかりの感謝を抱いた。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、ナイクル侯爵令嬢には喧嘩は売っちゃだめだよ。今回のことだって気にしてないから。」
「ルークが優しすぎるのよ。失礼にもほどがあるわ。王太子殿下に任され……あ、王太子殿下、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。御前を…」
「くくく、いや、いいんだ。楽にしてくれ。私の学院生活の楽しみの一つでもあるんだ。二人が仲が良いとこちらも嬉しいよ。
ルークに矢面に立ってもらっているのは申し訳ないことなんだが、どうしようもなくてね。ユグネル子爵令嬢もいい気はしないだろう、すまないね。」
「いいえ、とんでもありません! 王太子殿下の護衛騎士なんて名誉ある仕事だとわからない方の暴言など聞き流せばいいんです!!!」
「「「(いや、令嬢が一番聞き流せていないでしょう…………)」」」
「ふふふ、やはりいらしたのね。お久しぶりね、ルイーザ。」
「ミファ様!お久しぶりでございます!
今回もミファ様のおかげと伺いました、いつもありがとうございます!
そしていつも通り美しいです素敵です……!」
「うふふ、ありがとう。あの野蛮……かの令嬢のことは気にしないでいいのよ。私も他の方々も聞いていて気分がいいものではないからね。
ファベルク伯爵令息、こんな婚約者がいて幸せ者ね。」
「ええ、そう思います。」
ルイーザは憧れのガルクス公爵令嬢の言葉に嬉しそうにルークを見上げ、二人は静かに笑い合った。
今までに何度もルークの教室に突撃していることもあり、ミファ様ことガルクス公爵令嬢とルイーザは以前から交流があった。公爵家と子爵家という家格差がありながらも、ルイーザへ名前呼びを許しているほどである。勿論、将来の夫の側近の婚約者であるというのも理由だが、素直で明るいルイーザを純粋に気に入っていた。
教室の後ろ、最早ドアから一歩入った辺りで様子を見ていたセリーナは、今回もうまくルイーザの気分を戻してくれた諸先輩方に内心で敬意を表した。ルークに合図をし、一人で退出しようとしたところで、意外な人物から声をかけられた。
「ゴルドー伯爵令嬢、だよね?」
「はい? ……え、あ、ゼファル公爵令息様、ご挨拶を……」
「ああ、ごめん。驚かせたね。堅苦しい挨拶はいいよ、一人で離れた所にいたから、近くに来ればと声をかけただけなんだ。」
「左様でございますか。お気遣い痛み入ります。ですが、そろそろお暇しようかと思っておりましたので。お気持ちだけいただきます。」
「あ、そうなのか。では下まで送ろうか。」
「……はい? いえ、そのようなことをしていただくのは、」
「……ゼファル公爵令息様?」
振り返ると、ガルクス公爵令嬢が微笑みながらも後ろに般若の顔が見えるかのような雰囲気で立っていた。ギクっとしながらも、なんだ?と返す。セリーナは静かに礼を取ると挨拶をした。
ガルクス公爵令嬢はセリーナに優しく微笑むと、ウィリアムに向き直り囁いた。
「あなた様は何も考えていらっしゃらないのね。あなたは厚意のつもりでも、周りはそうは見ないかもしれません。今回の噂が既に学院中に広まっているだろうことを考えれば、今ここで女子生徒と二人で歩いていたら、その令嬢はどのように見られるかお考えになって?」
「…! ……すまない、配慮が足りなかったようだ。ゴルドー伯爵令嬢、申し訳ない。」
「い、いえ、とんでもありません。」
「ゴルドー伯爵令嬢、お久しぶりね! あなたとはまたお会いしたかったのよ!」
「え、私にですか?」




