3-6.恋焦がれ
「あ、私としたことが。王太子殿下へのご挨拶が遅れて申し訳ありません。」
ルークへの態度とは打って変わって慇懃に礼をとる。それを見てもエオルは頷くだけで返事はしない。
エオルもウィリアムも、彼女へ反応を示すとどう取られるかわからないため、何を言われても無視を決め込んでいた。侯爵より下の貴族は自分に侍って当然としか思っていない彼女への対応は、今まではルーク一人で、しかも暴言付きで受けなければならなかった。
「あなた、そこをどきなさい。私はウィリアム様とお話があるのよ。」
「ナイクル侯爵令嬢、何度も申し上げておりますが、私は王太子殿下に任ぜられて護衛騎士候補としてお側にいるのです。そして王太子殿下が私を叱責しないということは、私の言葉は殿下のお気持ちと一緒であるということです。」
「王太子殿下は人前で叱責してあなたの評判を下げないようにしてくださっているだけでしょう。そんなことはいいからそこを…」
「そして、ウィリアム様ではなく、ゼファル公爵令息です。お名前で呼ぶ許可を与えていないと伺っています。」
「そんなことないわ。あなたが知らないだけよ。私は子供の頃からずっとウィリアム様とお呼びしているのですもの。
とにかく、あなたには関係ないし、野蛮な騎士と話すのも嫌なの、そこをどいてちょうだい。私を誰だとおもっ……」
「ナイクル侯爵令嬢、はしたないですよ。こんな公衆の面前で喚き散らして。」
声の主を見てナイクル侯爵令嬢の顔が嫌そうに歪んだ。
「……ガルクス公爵令嬢、ご機嫌麗しゅう。」
「ええ、あまりよくないわ。誰かのせいで。」
王太子殿下の婚約者筆頭候補といわれているガルクス公爵令嬢が静かに現れた。内々には婚約者に決まっており、薄々感じ取っているナイクル侯爵令嬢含め、エオル以外の人間は彼女に対して静かに礼を取っている。
「あなた、相変わらず偏った見方しかできないのね。これで二学年で一番の淑女だなんて、誰が触れ回っているのかしら。」
「…ガルクス公爵令嬢といえど、私への侮辱はいかがかと思いますわ。私は…」
「あら、私はあなたの真似をしただけよ? 私より爵位の低い者へは何を言ってもいいのでしょう?
何なら、偏見を押し付けて人を非難するあなたと違って、あなたへの言葉は事実でしかないけれど。」
「私のどこが……!」
「あら、今までも注意されているはずなのに。覚えていらっしゃらないの?
ファベルク伯爵令息は、王太子殿下に任命されて護衛騎士になるべくこうしてお側で仕えていらっしゃるのよ?
そんな崇高な役目を任せられた方に対して野蛮だなんて。それに王太子殿下自ら選ばれたお方に対してそんな言い方。つまり、王太子殿下に見る目がないということかしら?」
「!! い、いえ……そのようなつもりは…」
「王太子殿下、臣下からの忠言のようですわ。」
「そうか、困ったな……、ファベルク伯爵令息は心から信頼できる者なのだが…。」
「いえ!いいえ、王太子殿下。申し訳ございませんでした!
殿下への忠言だなんて、そんなつもりは一切ございません。殿下の真贋を疑うようなつもりなど!」
「……ナイクル侯爵令嬢、これで何度目だろうね。いい加減、僕も最後の学院生活がここまで騒がれると思うことがあるのだけれど。」
「……申し訳、ございません。」
「そうして上の者からの言葉はしおらしくするけれど、自分より爵位が下の者からの言葉ははねのける。そういうことをされるとね、困るんだよ。勘違いする者も出てくるからね。」
「……。」
「とりあえず、ファベルク伯爵令息への暴言は僕も看過できない。とりあえず、仮面舞踏会が終わるまで、僕は勿論、ゼファル公爵令息とファベルク伯爵令息に声をかけることは禁止とする。」
「そ、そんな……!」
「あ、それと、ファベルク伯爵令息の婚約者が君と同じ二学年だったね。彼女へ接近することも許さない。
これを破るようなことをした場合は、今回の件と合わせて王家からナイクル侯爵家へ厳重に注意をするから、覚えておくように。
君は少し、高位貴族としての自覚を持つように。自分の父親の真似をする必要はない。」
「……。」
「ナイクル侯爵令嬢、殿下へのお返事がありませんわよ。」
「……承知、いたしました。この度は申し訳ございませんでした。」
「その言葉、君からの真摯な謝罪であることを祈るよ。」
そう言ってエオルたちはナイクル侯爵令嬢の元を離れた。
その場に残されたナイクル侯爵令嬢は手を握り締め、静かに震えていた。
―――しばらく歩いた頃。
先に口を開いたのはウィリアムだった。
「ガルクス公爵令嬢、助かりました。わざわざありがとう。」
「いえ、構いませんわ。彼女もあそこまで態度を出されておいて全くめげませんわね。逆に感心しますわ。」
「やけに来るのが早かったね。近くを通りかかったのかい?」
「いいえ、ファベルク伯爵令息の精霊さんがいらしたので急いでかけつけました。」
ナイクル侯爵令嬢が現れると同時に、ルークの守護精霊であるジークがガルクス公爵令嬢を呼びに行っていた。ルークに一度頼まれて以来、学院内で絡まれるとジークは一目散に令嬢の元へ飛んでいっていた。
ガルクス公爵令嬢も、精霊と契約している数少ない人間の一人である。
「今回絡まれたきっかけは何だったのです?」
「仮面舞踏会の話をしていてね。ウィルが出席して誰かを誘うって話をちょうど聞かれたようでさ。」
「あら!!!! ではついに想い人の方と!?」
「あ、いや……まだ誘ってはいないんです。これから。」
「あら……ようやく男気を出したのかと思っておりましたのに。
早くしないと、その方も婚約者が決まってしまうのではないですか?」
ガルクス公爵令嬢は、柔和な雰囲気を纏った可愛らしい令嬢である。だが実際のところはとてもさっぱりした性格で、はっきりと物を言う令嬢であった。
可愛らしい外見とは裏腹に強めの毒を吐くこともあるこの令嬢のギャップに、王太子であるエオルもやられたのである。
「…早めに誘うつもりです。」
「そうしたほうがいいですわ。きっと先ほどの話は今日のうちには学院中に広まるでしょうから。」
「先ほどの話?」
「ゼファル公爵令息様が、どなたかをお誘いになるという話です。令嬢を毛嫌い……避けているというのは共通認識ですから。そんな方がついに!と話題の的でしょう。
手紙の想い人の方が、密かにあなたを想っている方ではないといいですね。」
「え?」
「普通の令嬢の感覚でしたら、あそこまで令嬢を嫌っ……避けている殿方に対して、ぐいぐい行けるわけないじゃありませんか。
ナイクル侯爵令嬢みたいな野獣のほうが少数派です。もっとしっかりしてくださいな。
ましてやあなたは公爵家なのですから、爵位を気にして声をかけられない令嬢が大多数でしょう。私たちの年代の婚約成立が少ないのは、あなたがお相手を決めないというのも一つの、しかも特大な要因ですわよ。」
ウィリアムは、分かっているようで分かっていなかった事実だった。
ナイクル侯爵令嬢のような相手を避けるのに必死で、普通の令嬢とは本当に必要な時でしか会話をしてこなかったのである。おかげで普通の感覚というのがずれてしまっていたようだとガルクス公爵令嬢の言葉で気付く。
「まあ……ナイクル侯爵令嬢がしでかした罪は重いですわね、殿下。」
「ああ、あんな罰では足りなかったかもしれない。うちのルークにあんな暴言を……」
「彼女もファベルク伯爵令息よりも野蛮な方なんて見慣れているでしょうに。鏡を見ればいつでも会えますわ。」
「ガルクス公爵令嬢……自分のためにそこまで言っていただかなくても…」
「いいえ、事実ですもの。ふふふ、あなたの婚約者さん、この話が耳に入ったら憤慨しそうですわね。可愛らしくて好きなのよ。今日の放課後にでも教室に駆け込んでくるかしら。」
「………。」
間違いなくこの話を聞いたルイーザは激怒するだろう。ナイクル侯爵令嬢に喧嘩を売る真似はしないようにきつく言ってあるし、万が一行こうとしても面倒事に巻き込まれるのを極端に嫌がるセリーナが必ず止めてくれるだろう。
その代わりといってはなんだが、自分の元へ飛び込んできて代わりに涙目になりながら「私のルークにいいい!」と怒るのである。もう見慣れた光景で、教室の生徒たちは温かい目で見てくれるが、正直自分は恥ずかしい。それでも自分のために怒ってくれる相手がいることは嬉しいことでもあった。
「とりあえず公爵家のご令息様はさっさとお誘いしたほうがいいのではなくて?
一年たっても女性一人お誘いできないなんて、先が思いやられるわ。」
「……面目ありません。」
反論できないウィリアムは、今日はすぐに帰宅して手紙をしたためようと決めた。
その後の授業中も手紙の文面を考えて頭を抱えているウィリアムを、エオルたちは楽しそうに見つめていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
完結まではほど遠い…と思いますが、引き続き楽しんでいただければ幸いです。
ウィリアムのヘタレ感が否めませんが、この先、かっこよく…なる…予定です。
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