3-2.恋焦がれ
「王家が無闇に他家のことに首を突っ込むわけにいかないが……優秀なのに虐げられて家督相続から外されるのは看過できない問題だな。
現伯爵夫人との間にも子供がいたよね?」
「はい、娘が一人。
ただ、現伯爵夫人とその娘である妹とは至って良好な関係です。夫人も、セリーナを長子として扱うようにと使用人に念押しするほどですので、セリーナを虐げているのは父親のみといえますね。」
「にしても、ゴルドー伯爵令嬢は今まで茶会などの社交の場にも出ていなかった印象だが。義母と良好なのになぜ…?」
「伯爵夫人は連れ出そうとしたみたいです。ただ、まあ…ことごとく阻止されまして。
社交界で高位貴族などの他の貴族の方と面識を持たせたくなかったようです。」
「……想像以上だな。」
「それでも、ここまでされていて何故表沙汰になっていないんだ?」
「ゴルドー伯爵が、世間体を気にする方だからでしょうね。自分、ないしは伯爵家が後ろ指をさされるような噂を立たせることは決してしません。
逆に、セリーナが何か問題を起こせば問答無用でどこかの後妻でも平民でも、はたまた修道院に入れるなりはするでしょう。
その前にセリーナの母上の実家、私の婚約者の実家であるユグネル子爵家が黙っていないでしょうが、なにせ家格が違うので。」
エオルは頭を抱えた。王家が知るには限界があるにしても、想像以上だ。
これでも私の家とルイーザの家から注意はしているんですが聞く耳を持たず…と首を振るルークに、なかなか酷いことになっていると容易に考えられた。
ウィリアムも、自分がふと気になった令嬢がそこまでの処遇を受けていると思わずかける言葉が見つからない様子だった。
「……父上に伝えてどうにか…」
「いえ、それはやめてください。」
「なぜ?」
「彼女が望んでいません。我がファベルク家も、そしてユグネル子爵家も彼女の意向を汲んで、こうして静観しているんです。
万が一王太子殿下にこの件が耳に入っても、ひとまずはお止めするように父上にも言われています。」
「彼女が望まずとも、どうにか親戚であるユグネル子爵家の養女になるといった方法もあるのでは?」
ウィリアムも信じられないというような顔を向けるが、ルークは首を振った。
「そんなの、当に話が出ているよ。
ただ、セリーナはひたすらに、ことを荒立てないでほしい、変に父親を逆撫ですると面倒だから、と言ってさ。
彼女にも何か考えがあるんだろう。どちらにしても、今の彼女の希望は【穏やかに暮らしたい】だそうだよ。」
「……貴族令嬢とは思えない希望だな。」
状況を知らないエオルやウィリアムからすれば、強引にでもユグネル子爵家に引き取ってもらうほうが穏やかに暮らせるのでは、と思ってしまうが、何か事情があるのだろう。
溌剌としたユグネル子爵令嬢の隣にそっと立っていた令嬢から目が離せなくなったのは、その儚く見えた中にも、誰にも折れない花のような強さが垣間見えたからかもしれないとウィリアムは思った。
「……ルークがそこまで言うなら、様子を見よう。ただ、これ以上事態が悪化する時は流石に王家も見て見ぬ振りはできない。
ゴルドー伯爵令嬢の希望云々を抜きにして、すぐに報告すること。」
「承知しました。殿下が味方になってくださるなら、我々も安心です。」
それでもウィリアムだけは何とも釈然としない顔をしていた。本当に心配しているのだろう、いつもなら令嬢を極端に避けている公爵家の令息が、あの姿の幼馴染を気にかけていることにルークは親友の優しさに友人として誇らしい気持ちになった。
「……ウィル、セリーナが気になるか?」
「まあ……気にならないと言ったら嘘になる、なんだか不思議な雰囲気をまとっているなと思っただけだが、話を聞くと尚更。ただ、どうこうなりたいとは思わない。なにせ……」
「分かってる。手紙の彼女だろ?
だが、気になっているならあえて言っておく。まず、お前に限ってそんなことはないだろうが、彼女を女避けのために婚約者にしようとするのは断じて許さない。」
「待て、流石にそんなことは…」
「分かってる、しないだろう。だがあえて言っておく。いくらお前でもそんなことをしたら俺はお前との縁を切る。」
「……。本気なのは分かった、何かあったとしてもそんな軽く扱うようなことはしないと誓うよ。」
「よし、それともう一つ。ウィル、君のことは信頼しているし、大事な幼馴染であるセリーナを、…なんなら今の姿のセリーナを見て好きになったのなら、余計に嬉しく思うよ。
ウィルのことも、セリーナのことも、どちらも同じくらい大事に思っている。
ただ、もし…もしも本当に彼女を望むなら、正攻法では無理だ。セリーナがまず避けるだろうし、セリーナが受け入れたとしてもいくら高位貴族からの縁談であっても彼女の父親がどうにかして阻むだろう。
それからユグネル子爵家を使うのも逆効果だ。いくら前伯爵夫人の実家でも、なぜかうちのファベルク伯爵家含めて目の敵にしているようなきらいがある。」
「……覚えておこう。親友が大事にしている相手を粗末に扱うなんてことはしない。
ただ…、まだ手紙の彼女を諦めるつもりはないよ。」
「我が従兄弟殿もなかなかにしつこい男だね。」
「いい話だったのに最後の最後に失礼なこと言うね。」
そう言いながらも、エオルもルークも、ウィルのこの恋がうまくいくことを願っていた。約一年前から彼が思いを寄せる見ず知らずの相手。
どうか彼にも幸せが訪れるように、と密かに祈る親友二人の背中を見ながら、ウィリアムはあの時のことを思い返していた。




