第9話 一般依頼
「なるほど。これは確かに減速しないと危険だ」
俺は列車の連結部分から外をのぞきこんで呟く。
最後尾の車両にモンスターが取り付いてしまったようなのだ。
車掌さんらしき制服の女性が、慌てた様子で乗客に避難誘導を促していた。
「危険ですので、列車から離れてください!」
外を眺めるのにフードを外していたからか、車掌さんが近づいて来ると、俺にまでそう声をかけてくる。
「俺、一応これでも探索者なんです。こちら、ギルド証」
「あっ、え、Sランクの探索者さま──一等客室のお客様でしたかっ。これは大変、失礼いたしました!」
俺のギルド証をみた車掌さんが驚いたようにぴんっと背を伸ばすと、急に丁寧な仕草で頭を下げてくる。
「今は緊急時でしょうから、そういうのは無しで。それで、良かったらあれ、処理しちゃっても?」
「は、はいっ。もちろんです。ご対応いただけるのでしたら──あ、でも探索者の方への正式なご依頼を出す権限が……」
「権限がある方に、連絡はできそうですか? 俺の方もちょうど準備があるので、あれの様子を見つつ、連絡つくまで待ってますよ?」
「──助かりますっ! すぐにっ!」
車掌の制服の裾をひるがえして、走り去っていく車掌さん。
悠長なとは思わなくないが、こういう段取りはとても大事なのだ。最終的に誰が責任を取るかということに関わってくるので。
今回は幸い、すぐに人的被害が出ないタイプのモンスターだからこそとも言える。
俺はそんなことを思いながら、あれ──最後尾の車両にとりついた巨大な卵にしか見えない「可能性の卵」と呼ばれるモンスター──を見ながら、処理の準備を始めるのだった。
◇◆
「カジュ様っ! ──え、あれはいったい?」
「あ、アリシアさんに、ローラさんも。ごめん、待ちくたびれちゃった?」
俺が準備をしているところにアリシアさんたちが声をかけてくる。
一等客車から降りて来たのだろう。
「カジュ様が戻られないので、大丈夫かとは思い、様子を見に。それであの、卵みたいなものはいったい……」
「あー。珍しいよね。あれは可能性の卵と呼ばれるモンスターだ」
「ええっ、あれがですかっ」
「ローラは知っているの?」
「あの、聞いたことだけあります、アリシアねえ様。何でも攻撃を加えると殻が割れて、何かのモンスターが出てくるとか。でも、見るのは初めてです」
「お、ローラさん、博識だね。そう、不思議な卵でね。何のモンスターが殻から出てくるか、攻撃するまでわからないんだ。さらに、誰も可能性の卵を産み付けられるところを見た人間はいないらしい」
「──初めて聞きました。あの、カジュ様は見たことが?」
「あるよ。戦ったことも何度か。けっこう強いモンスターが出てきたりするんだよね。で、列車に被害が出るとやだから、卵から出ないように処理しようかと思って、準備をしてた」
「そんなことが、出来るのですか……それで準備というのが、その大量の水、ですか?」
「そうそう。俺、魔術は苦手でさ。これだけの量の水を出すのに、時間がかかるんだよね。別途、温めないといけないし」
俺の手の平の先でプカプカと浮いている水球を指差して尋ねてくるアリシアさん。
ローラさんも不思議そうにきいてくる。
「カジュは魔術師ではありませんよね。いったいどうやって、これだけの水を……」
「生活魔術だけど? え、探索者ならだいたいみな、生活魔術だけはとるんじゃないの?」
「いや、それはそうですが、普通の生活魔術は、手のひらに乗る程度のサイズの水を出すだけです」
なぜかアリシアさんから突っ込みが入る。
「うん、それを何度か繰り返して、こんな感じにしてるんだけど」
「さすがファントム様です……こんなことまでできるなんて常人とは一線をかくしてます……」
「ローラさん、その呼び名はちょっと──」
「あ、失礼しました。驚いてしまって、つい」
「それでカジュ様、あの可能性の卵は水魔術で攻撃すると良いのですか?」
「というか、茹でる感じ?」
「ゆ、茹でる?」
「そうそう。ゆで卵にすると、殻から出てこないんだよね」
俺は生活魔術の種火で、浮かしている水を温めながら説明する。
「あ、ちょうど車掌さんが戻ってきた。すいません、アリシアさん。可能性の卵の処理について依頼申請と受理の話になると思うので、お願いできます?」
「──はぁ、わかりました。そちらはお任せください」
頼もしくも受けてくれるアリシアさん。
そこに走りながら車掌さんが叫ぶようにして話しかけてくる。
「あ、探索者様っ! その、正式な討伐依頼とはなったのですが……指名依頼に出来ませんでしたっ! 誠に申し訳ありませんっ」
それだけ叫ぶと、すまなそうに頭を下げる車掌さん。
そう言われて、俺も自分の名前すら伝えてないことを思い出す。
それと、確か指名依頼は依頼料がバカ高くなる。たぶんだが、車掌さんが相談した権限がある方というのも、お値段のこともあって、誰でも受けれる一般依頼にしたのだろう。
ただ、残念なことに、この列車に乗っている探索者は、俺たち以外にもいた。
そして彼女は列車から避難する際にでも、どこからか一般依頼の話を小耳にでも挟んだのだろう。
気がついたときには、遅かった。
俺がさっき見たときは虚ろな表情をしていたはずの元戦姫シエラレーゼが、今は爛々とした飢えた獣のような瞳で、可能性の卵にちょうど攻撃を加えたところだった。




