第8話 列車の旅
「なんだか騒がしいね」
急にざわざわと騒がしくなるまで、列車の旅は快適だった。
広々とした四人がけの個室のボックスシートにゆったりと腰掛け、アリシアさんとローラさんが楽しそうに話しているのを聞くとはなしに耳を傾けながら、窓の外を流れる景色を眺める時間。
そして例の賠償金で懐もいつも以上に潤っている。
なので、途中、駅に着く度にローラさんが志願してその地の名産を買ってきてくれるというので、全員分、そのお金は出すよと伝えてある。
ちなみにアリシアさんもローラさんも、お酒に強かった。
北の地の人間は、暖を取るのに度数の高いお酒を常飲するからという噂を聞いたことがあったが、どうやら本当らしい。
景色をうつす窓枠に、空になった空き瓶が続々と並んでいくのも仕方のないことだろう。
そんな穏やかな旅だったが、残念なことに最後まで穏やかにはいかなかったようだ。
今いるのは、たぶん目的地までの中間地点ぐらい。辺りは荒野で駅でもないのに、列車が減速し始める。
「ちょっと、様子を見てきますね」
「いや、俺がいくよ。ローラさんには毎回買い出し、頼んじゃってるし」
「それはいいんです。私が好きで選ばせて貰っているので。カジュに美味しいものを紹介したかったんです」
「まあ、確かに、そのおかげで知らなかった美味しいものをたくさん、知れたわ。ありがとうね、ローラさん」
「まあ。あの、恐縮です……」
そうこたえるローラさんも、さすがにその頬が、ほんのりと赤い。
逆にあれだけ飲んで、ほんのりとで済んでいるのが驚きだった。
そんな感じで俺は二人に待っていてと告げると、ボックスシートの個室から顔を出す。
念のため、探索用の装備品もバッチリだ。
認識阻害用のフードを目深にかぶると、喧騒が大きそうな列車の後方に向かって進み出すのだった。
◆◇
一等客車を抜け、二等客車も過ぎると、列車の通路が人で埋まっていた。
騒ぎで人が立ち動いているのかと思ったが、どうやら三等客室はこれが平常らしい。
立つのすら辛いぐらいの人混みに、俺は認識阻害のフードがしっかり機能しているのを確認すると、そっと音を立てないようにジャンプして列車の天井部分に掴まる。
そのまま、壁と天井の角を、突起を掴まりながら進んでいく。
──ダンジョンの壁に比べると突起が大きいし数もあって、これぐらいなら楽勝だな。
ひょいひゃいと、進んでいくと途中、見知った顔があった。
元戦姫さんだ。
荷物を抱えるようにして、人混みに押し潰されそうになりながら、立っている。
騒ぎの元が近いのか、けっこうな騒ぎが聞こえてきているが、その音に反応する様子すらない。
そんな元気すらないのか、元戦姫さんの顔はただひたすらに、虚ろだった。
俺たちと同じタイミングで列車に乗り込み、ずっとあの状態で押し潰されながら立っていたのだろう。
俺はそっと視線をそらすと急いで騒ぎの元らしき場所へと向かうのだった。