第7話 一等客車
「これが、大陸弾道列車の一等客車ですか──本業の方でも乗ったことないや」
「カジュは、もうSランクです。これぐらいは当然です」
「そうですね。Sランク探索者とその同行者三名までは、無料で乗れるというのが、Sランクの数ある特典の一つとなります」
俺がアリシアさんたちと打ち合わせをしてから数日後。
俺とローラさんとアリシアさんは北へと向かう列車の出発する駅にいた。その俺たちの目の前では、ちょうど列車が停まろうとしていた。
今回の依頼、俺は本業の方で長期の休みを取れるか、実はけっこう心配だったのだが、なんと探索者ギルドのギルドマスターのリュカリエーレさんが手を回してくれていたらしい。
あの日の翌日、出勤したら早々に、シフトを作る担当の方が血相を変えて俺の方に駆け寄ってきたのだ。
普段であれば、有給を申請するのすら、やれ時期をずらせだのなんだのと、グチグチ言い募ってくる相手。
それなのに、その日に限っては揉み手をせんばかりの腰の低さで、俺が休みを取ることをそれとなく示唆してきたのだ。
あまりのことに俺が、思わず唖然としてしまったのも仕方ないことだろう。
──あの時ほど、リュカリエーレさんの頼もしさと、恐ろしさが身に染みたことはないな……。いったいどんな手を回したのか。いやいや、世の中には知らない方が幸せなこともある。
俺がひとり納得していると、アリシアさんがそっと俺の服の裾を引っ張ってくる。
「どうかしました?」
「──カジュ様、あれを」
「……え。なんでまた」
アリシアさんの視線の先には、なんと元戦姫シエラレーゼさんの姿があった。
こちらには気づいていない様子で、ちょうど列車へと乗り込んでいく。
「あちらは三等客車、ですね」
「ローラさんは、大丈夫?」
「はい──お気遣いありがとうございます、カジュ」
やはり身を縮こませていたローラさん。日は経てど、一度苦手意識を抱いた相手への心象はそう簡単には変わらないものだ。
「あれ。たまたま、かな? アリシアさん」
俺の質問に考え込む仕草をしてから口を開くアリシアさん。
「──ここ数日で、だいぶ身代を持ち崩したように見えました。装備品も、安いものに変わっていましたね。たぶんですが、Fランクとなったこと。そして悪評が広まったことで、ここでの探索者としての仕事に支障が出てきているのでしょう」
「え、探索者の仕事に、悪評とか関係ある?」
「──十分な実力があれば、関係ないでしょうね」
俺の方を見て、一呼吸おいてから告げるアリシアさん。
たぶん、元戦姫シエラレーゼさんは、探索者としての仕事を、人気やコネ、もしくは、まっとうな手段以外でこなしてきたという含みがあるのだろう。
確かに俺の捨て置いた素材を拾って、勝手に討伐申請していたのだ。他にも何かしているとギルドから思われても自業自得なのだろう。
「なるほど。それで元戦姫さんは、探索の場所を代えようとしているとアリシアさんは思うわけだね」
「──今のところは」
少しだけ、心配そうな様子のアリシアさん。
きっとそれも妹のローラさんを思ってのことなのだろう。
「ま、気にしても仕方ない仕方ない。とりあえず実力行使なら、俺は負けないから。安心してよ。ローラさんも、アリシアさんも」
俺は柄にもなく、おちゃらけた感じで言ってみる。
少しでも雰囲気が明るくなればと思っての軽口だ。
軽く二人から苦笑されたら万々歳と思ったのだが、なぜかアリシアさんとローラさんは顔を見合せたあとに、苦笑とは思えない、安心したとばかりの笑みを俺に見せてくる。
なんだか、俺の想定以上に、二人から信頼されている雰囲気だった。
さすがに想定外すぎて、居たたまれなくなった俺は思わず先頭に立つと、そそくさと一等客車へと乗り込むのだった。