第30話 壁に見えたもの
「ほら、これ。わかるかな?」
俺は登攀スキルで立っている壁面の足元を皆に示す。俺ぐらいの距離から見ると、岩壁との質感の違いは一目瞭然だった。
しかし、顔を見合わせて不思議そうにしているアリシアさんたち。たぶん距離が離れると、一気にその差は分かりにくくなるのかもしれない。
だから、俺は屈むようにして壁に体を近づけると手をそちらへと伸ばす。
指先が壁に触れた瞬間、感じるのは粘性の高い、泥のような感触。
そこに、力任せにさらに手を突っ込んでいく。
俺の手と壁だった部分の接点が俺の力任せに圧によって、真っ黒な闇のようなものに変わると、ズブズブと俺の指先が沈み込んでいく。
「え、まさかっ!それは──危険ですぜっ! アニキ!」
慌てたようなハールーガスの声に、俺は一応手を引き抜いておく。
不思議と、押し込むときよりも力が必要だったが、ちゃんと手は無事に抜ける。
俺は壁に横向きに立ち上がると、手が無事なことを見せるようにして、手を振る。
「……ハールーガス様、あれがなにかご存知なのですか」
「たぶんだがな、『魔族の闇』、と呼ばれるやつだと……しかし、流石アニキっす。俺も詳しくはねぇんですが、触れるだけで精神を病むとか、激しい激痛に襲われるとか、きいたんでさ」
「カジュさまーっ。なにか、体におかわりはありませんかー?」
「大丈夫ー。たぶん、毒耐性スキルのおかげかなー!」
俺の返事に、アリシアさんたち三人ともが、まるでそんな訳ないとばかりの微妙な表情になる。
解せない。
とはいえ、今はそんなことを検証している訳にもいかないかと、三人に向かって告げる。
「とりあえず、まとめてぶち抜こうとおもうからー。三人とも少し下がっててー」
俺の声になぜか慌て始める三人。
「いや、さすがにそれは」「す、少しだけお待ちください!」「本当に大丈夫ですかー!?」
俺は拳を構えたまま、言われた通り少し待ってみる。
しかし三人とも、何だかんだと叫びながらもしっかり窪地の端まで移動してくれた。
──さすが、三人とも判断が早いね。あれぐらい離れてくれたら、いいな。
俺はそろそろ良いかなと、俺は自身の初級身体強化スキルであげられるだけ全身の筋肉を強化する。
全身の筋肉が膨れ上がるのと、俺は構えたまま拳を足元の魔族の闇とやらに思いっきり振り下ろすのだった。