第15話 今夜のお宿
「予約した部屋が空いてないとは、どういうことでしょうか」
にっこりと笑顔を浮かべて告げるアリシアさん。
俺とローラさんは顔を見合わせるとそっと後退する。そして二人してアリシアさんの背後にまわって、息を潜める。
俺たちは目的の宿についたのだったが、受付で、盛大に足止めをくらっていた。
俺たちがいるのは、例の探索者ギルドと提携しているという宿。どうやら、事前にアリシアさんが、Sランクだと安く泊まれるという部屋を予約しておいてくれたらしい。
「……も、申し訳ございません、あの、その──」
あたふたと受付をしているのは若い女性の従業員の方だった。明らかに説客経験は足りてなさそうな様子。
「まずは、私の名前で予約がちゃんとあったかを、確認いただけるかしら?」
笑顔を崩さないまま、一つ一つ、噛んで含めるように告げるアリシアさん。
「……予約、あ、ありました」
そのアリシアさんの質問に答えていく受付の女性。敬語が少し怪しくなってきている。
「そちらで、ご準備頂いた部屋が違ったのでしょうか」
「いえ、その、あの……」
そこで、受付の女性が再びあたふたし始める。
──あー、これはダメそうな……早く誰か、慣れている人に助けを求めるべきなんじゃ……
俺は思わず受付の女性の方を心配してしまう。とはいえアリシアさんの邪魔をするようなことはしない。というか、出来ない。
当のアリシアさんも微笑みをたたえて、じっと待っている様子だ。
「お客様、どうされたのですか? 何か、ご不都合がございましたでしょうか」
「ち、チーフ~」
そこに、俺よりは若いが、落ち着いた感じの別の女性の従業員が現れる。
あわあわしている女性からチーフと呼ばれた女性に、アリシアさんが告げる。
「予約していたアリシアと申します。そちらの方から、予約した部屋が空いていないと言われまして」
「どういうことなの、シャリナ」
「あのー、実はハールーガス様がまた急にいらっしゃって、強引に部屋に──すいませんでした──」
シャリナと呼ばれた、あわあわした若い従業員は声を潜めてチーフさんに報告しているつもりなのだろう。
しかし完全にそれは俺たちに筒抜けだった。
「シャリナ──」
「あっ、も、申し訳ありませんっ」
話が筒抜けなことに、そこでようやく気がついたらしいシャリナさんが、再びペコペコと頭を下げる。
チーフさんも頭が痛そうだった。
しかし、すぐに気を取り直した様子でチーフさんはアリシアさんと、その背後に潜む俺たちに向かって頭を下げてくる。
「この度は、当宿の不手際で、大変ご不快な思いをさせてしまいましたこと、誠に申し訳ございませんでした」
「はい。謝罪は受け入れます。それで、建設的なご提案はいただけるのでしょうか」
笑顔を崩さず告げるアリシアさんの背後で俺はこっそりローラさんに尋ねる。
「──謝罪は受け入れるって、どういうことかわかります?」
「──名前が聞こえたハールーガスって、Sランクの探索者。ギルドでも、強引な性格で評判悪いんです。カジュは聞いたことありません?」
「ごめん、知らないや。とりあえず、そのハールーガスってSランクの奴がここの常連かなにかで、強引にアリシアさんが予約していた部屋に居座ったって感じ?」
「たぶんそうです。ここの宿は探索者ギルドと提携しているぶん、強く言われて断りきれなかったんだと思います」
そんなひそひそ話をしている俺たちに、声がかかる。
「カジュ様」
「はいっ!」
「宿からの提案で、今回の不都合の補償として、最高級の部屋を無料で提供頂くことになりましたが、それでよろしいでしょうか?」
「え──俺はもちろん、泊まれればいいや、ぐらいなので、それで問題はないけど……あの、そんな、いいんですか」
俺はアリシアさんからチーフさんに視線を移して、逆にきいてしまう。
「もちろんです。この度はご不便をおかけすることになり、誠に申し訳ございません。すぐに御案内いたします」
そういって鍵だけを手にして歩き出すチーフさん。その背後の受付ではシャリナさんが、なにやら手続きっぽいことをしている。
どうやらこれ以上待たせないようにしてくれたようだ。
そのまま案内されるままに宿を通り抜けて、外を進んでいく俺たち。
すると、目の前に建物が見えてくる。
「こちらとなります。露天の専用温泉が併設された最高ランクのコテージタイプとなります」
「──えっ。えっと、アリシアさん?」
「他は空いていないそうです。私は、予約は二部屋で取っていたのですが」
それだけ告げると、普通の顔をして鍵を受け取り、コテージへと入っていくアリシアさん。ローラさんも楽しそうにその後に続く。
そして笑顔でそこに佇むチーフさんと、俺だけが取り残される。
明らかに俺が入るのを待っているチーフさん。
今からでも、拒否すべきなのだろうが、どうにも間が悪かった。そんなわけで俺は仕方なく、おずおずと最高級らしいコテージへと足を踏み入れるのだった。




