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第13話 恐怖と腐臭

「よし、完璧だな」


 靴の爪先の泥を生活魔術の水で洗い流し、同じく生活魔術で出せる灯火とそよ風の組み合わせで軽く乾燥させる。


 すっかり綺麗になった靴を汚さないように列車に戻ろうと歩き出す。


「──あれ、アリシアさんは?」

「アリシアねえ様は、先に車掌さんとお戻りになりました」

「ああ、手続きあるもんね。ローラさん、わざわざ待っててくれたのか。ありがとう」

「大したことではありません」


 二人して歩き出す。


 すると、必然的に、ドラゴンの血肉と泥にまみれた元戦姫シエラレーゼの近くを通ることになる。

 最初は本当に、何かと思った。全身が汚泥にまみれた塊が、モゾモゾと地面をはいまわっているのだ。

 どうやら脱ぎ捨てた装備品を拾い集めている様子。


 その姿からは、元の美少女風の面影はもう一切なく。あやうく泥スライムと間違えてしまいそうだった。


 その、あんまりな姿に、俺は思わず隣を歩くローラさんの耳元でこっそり尋ねてしまう。


「──もしかして彼女、生活魔術系を使えないのかな?」

「ひゃ──びっくりしました……」

「あ、すまない」

「──いえ、いいんです。──カジュがどう考えていらっしゃるかはわかりませんが、生活魔術といえど、魔術なので。適正のない探索者の方は、もちろん使用できませんよ」

「あー。そりゃそうか。じゃあ」


 俺はローラさんの指摘に、今更ながらに気がつく。

 そして元戦姫シエラレーゼへ近づきながら、右手を差し出すと、その手のひらの上に水を出して水球を作っていく。


 さすがにあの格好のままは、あんな相手とはいえ、女性として可哀想だと思ったのだ。


「元戦姫さ──」

「……え、きゃ、きゃーっ!」


 元戦姫シエラレーゼが最後の装備品らしきものを泥のなかから拾って、よろよろと立ち上がったところで俺は声をかけてみたのだ。

 身綺麗にするのに、水を使いますかと尋ねようと思っていた。


 ただ、振り返って俺の方を見た元戦姫シエラレーゼの瞳は、明らかに恐怖を湛えていて、俺の手のひらの上の水球をガン見しながら悲鳴をあげると、せっかく集めた装備をばらばらと落としながら、不格好に走り去っていってしまった。


「なんだ、あれ……?」

「怖がられてそうですね?」

「そうだね。というか、ローラさん、なんか嬉しそうじゃない?」

「そうですか?」

「うん」

「気のせいだと思いますよ」


 さすがに落ちている泥だらけの装備品に触れる気は、俺も起きない。

 というか、男の俺が下手に触ると不味そうなものすらある。


 なので、なぜか嬉しそうなローラさんと、腑に落ちない気分ながら、俺はまっすぐに一等客車へと向かっていくことにする。


 そうして途中、通りすぎた三等客車の窓越しに、泥だらけ人物がちらりと見えた気がした。

 さすがに、最初に見たときのように、ぎゅうぎゅうに押し潰されてはいないようだ。周囲の他のお客さんが鼻を押さえて必死にスペースを作っているからだろう。


 俺は少しでも快適な旅を祈りながら、自分達のボックスシートへと戻ったのだった。

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