第10話 偽装と洗浄
「あーあ、愚かな──」
なにも考えてなさそうに、可能性の卵に剣を叩きつけた元戦姫シエラレーゼを見て、思わずそんな愚痴をもらしてしまう。
「カジュ様! あれは不味いのでは──」
「不味いねー」
俺は温め途中の水を確認する。
幸いなのか不幸なのか、水は四十度より少し高いぐらい。言うなれば、熱めのお風呂程度だ。
ただ、水量は卵を茹でようと思っていたので、たっぷりある。
「──仕方ない。よっと」
俺は右手を大きく振りかぶる。その動きにあわせて、熱めのお風呂程度の大量のプカプカと浮いていた水球が、勢い良く飛んでいく。
もちろん飛ばした方向は、愚かにも可能性の卵を攻撃して、不運にも一番不味いモンスターを引き当ててしまった元戦姫シエラレーゼの方だ。
そう、可能性の卵から生まれたのは、ドラゴンだった。
実際、俺がダンジョン探索で何度か倒したドラゴンのうちの数体も、あんな風に可能性の卵からうまれたのだ。
そんな、可能性の卵から生まれる中でも最も強いモンスターであるドラゴンと、はからずも対峙した元戦姫シエラレーゼは、たぶん恐怖のあまりなのだろう。ペタンと大地に座り込んで、ただただ呆然と目の前に現れたドラゴンを見上げている様子だった。
──ドラゴンを倒したと、うそぶいていたのに。さすがにあれはないよな。せめて逃げてくれてら良かった……
そんな相手に、俺が水球を飛ばしたのは、優しさだった。
四十度程度の水の温度はドラゴンにはなんともないだろうが、大量の水は相当な質量になる。
それを高速で当てれば、いくらドラゴンといえど少しは怯むのだ。
──それに、あんな相手でも女性だしな。大量の水で濡れたら、あれも誤魔化せるだろう。
俺がそっと、元戦姫シエラレーゼが座り込んだ場所から視線をそらす。
ちょうどその時だった。飛ばした巨大な熱めの水球が、今にも元戦姫シエラレーゼと、彼女を噛み殺そうとしたドラゴンを飲み込む。
水の勢いが、二人を吹き飛ばす。
──よし、重さが違うからな。うまく離れた。
俺はドラゴンと元戦姫シエラレーゼの距離が離れたのを確認すると、仕上げをしようとドラゴンに向かい、走り出すのだった。




