第8話:王族の来訪
「ほげーっ!」
ん?
後天習得による千事略決。その適性が高いというルミナスが灰屋を使えるようになってから、火の取り扱いは格段に向上した。この森がモンスターに溢れているのは大体悟っているし、ゴブリンやトロールを食おうとは思わんのだが、ヘビやイノシシ、クマなどは焼いて食えばそこそこ美味い。ついでに呪術で言う結界の作用でもあるのか。モンスターに分類される個体は、俺の周囲には近づかない。ゴブリンやトロールは森の中を徘徊しているが、俺の生えている周囲一帯の草原と湖には、何か敷居でもあるのか侵入しないのだ。仕方ないので、現れる獣……クマやらシカやらヘビやらを誘い込んで食獣植物で捕食する。いわゆるアーゾルとしての俺は神樹とリリスの遺体の二つがあって、どちらも並列して起動しているので個体としては栄養をどっちもとる必要がある。一応リリスの身体で獲物をとってきて、その一部を神樹の方におすそ分けしているのだが、それとは別になんだか腹減ったなーと神樹の側が獣を貪ることも多々。もちろんどっちも俺なので腹が減ったならしょうがないなとか思っている。
そうして獣を狩って、ルミナスと一緒に火で炙って、食していると、さっきの「ほげーっ!」に繋がるのだが。
「ダークエルフが神樹様の根元にいますわ!」
「?」
ルミナスと二人。イノシシの肉を炙ってモグモグと食べているところに、悪夢でも見たようなドレスを着た女性が貧血を起こしていた。今日は晴れ。草原の緑一色だし、湖も綺麗な水面を輝かせている。その神樹の根元で火を焚いて肉を食っているダークエルフは、何か問題か?
「…………誰?」
「俺が知るわけないだろ」
ルミナスの疑問ももっともだが、知らん人間の名前を知っていれば、俺は今頃真理に到達している。
「も、もしもーし」
相手側。おそらく人間。中央にいる豪奢なドレスを着た女性が肉を食っている俺とルミナスに話しかける。
「何か?」
聞き返すのも人情かと思いつつ。
「ダークエルフ……ですよね?」
「さいですな」
俺がリリスの身体を使って、ルミナスはリリスの娘だ。つまり俺の娘でもある。
「神樹様を支配下に置いていると……そういう感じでございますの?」
「いや。共生」
ガジリと肉を食う。豪奢なドレスの女性はこわごわとしながら俺に接触を図るが、その取り巻きは緊張していた。女性に何かあれば抹殺すると目が言っている。護衛なのだろう。とするとドレスの女性は高い身分のやんごとなき……。
「神樹様はそれを許していらっしゃるのですか?」
「ていうか俺だし」
「俺?」
「俺の本体はこの樹。このダークエルフの身体は、端末として使っているだけ」
「でもハーレクイーンと呼ばれた伝説のダークエルフではありませんでした?」
「今はアーゾルと名乗っている。ついでにこの神樹の名前もアーゾルだ」
「ではアーゾル様。わたくしは奇跡の大樹……アーゾル様にお願いの儀がございます」
「まず名乗れ」
「これは失礼をば。わたくしはハンドベル。ハンドベル・アン・オールゴール。この森に接しているオールゴール王国の王女を拝命している存在にございます」
「はあ」
としか言いようがない。ルミナスと会話することが増えて、ちょっと暇も解消できたかと思ったが、やはり人間はお喋りで退屈しない。
「こちらの神樹様の実をお頂きとうございますのですが」
「何故?」
「神樹様の実には奇跡が宿ると言われております。今オールゴールの国王……わたくしの父が病に伏せっております。これを助けるために何かしたいと思い立ち、冒険者ギルドから情報を聞きつけ、こうして魔物の森を踏破した次第で」
魔物の森って呼ばれているのか。だが俺の本体が大樹だから、いまさら移動するわけにもなぁ。
「その王様の病ってのは何時からだ」
「五日前ってところでしょうか」
「…………ママ」
「はいはい」
俺はクシャクシャとルミナスの頭を撫でる。
「じゃあ助けるのはいいんだが」
「若さを取り戻す黄金のリンゴとかありませんか?」
「無理」
実際には作れる確信があるのだが、それをここで露呈しても上手くない。
というわけで本体の方の俺が枝にリンゴを五つ成らせて、それをエルフ体の俺がもいでハンドベルに渡す。計リンゴ五つ。
「王様に一日一個食べさせろ。そしたら五日で快癒する」
「本当に?」
「嘘はつかん。信用できないなら適当なところで捨ててくれ」
「そんなことしませんわ。しかしダークエルフが神樹アーゾル様と共生しているのがちょっと意外で」
「ことさら迷惑をかける気はない」
「それでこちらは何を対価に差し出せばいいのでしょうか?」
「えーと。じゃあ。魔術を教えてくれ」
「まじゅつ?」
え? 知らんの?
「あ、埋葬術のことですか?」
「それそれ」
そう言えばそんなことを言っていたような。
「簡単ですわよ? 実践してみせましょうか?」
「お願いする」
「我が信仰を神に捧げ奉る! バーン」
そうして王女様ハンドベルが手の平から炎を出した。我が信仰を神に捧げ奉る……で起動準備をして、バーンでマクロ名を指定するといった感じか。
「我が信仰を神に捧げ奉る。バーン」
オズオズと唱えると俺の手の平から炎が出た。
「いわゆる埋葬術は……火葬術、水葬術、風葬術、土葬術に分類され四大エレメンツを具現する御業です。神に祈りを捧げてキーワードを唱えれば発動する業ですわね」
「等価交換だろ? 何を失うんだ?」
「体力です。不等価ではありますが」
「なるほどね」
「埋葬術を覚えたいのですか?」
「おぼえて損はないかなって。術を網羅した本とか無いか? 勉強したい」
「ではこの神樹アーゾル様のリンゴ五つと引き換えに魔術書を提供することを誓いましょう」
よろしく頼む。あとはリンゴを齧った王様を呪って、反転呪術で時間を逆行。病に伏せる前に戻せばいい。時間の流れの逆行は反転呪術を用いた擬似的な回帰だ。本来の回帰であれば一瞬で快癒できるのだが、俺の回帰は時間の流れを反転させるだけなので、病に伏せって五日となれば、病を治すために五日遡らねばならず。なので回帰系と違ってスパッと治すわけにもいかんのだ。
「…………もしもオールゴール王国の王様の病気が快癒に向かったのなら」
あ、その手があったか。俺が反転させなくても、ルミナスの汚染系並行世界収束呪術があれば話はもっと簡単だったな。盲点盲点。くわばらくわばら。
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