第5話:新しい肉体
ミストルテイン。
ヤドリギとも呼ばれる寄生植物。その原理で俺はリリスの身体を乗っ取った。神経根と呼ばれる神経の代わりをする根を全身に広げ、そうして機能を停止していたリリスを再起動させる。胎蔵領域に関しては俺のモノを適応させる。というか自動的にそうなった。どうやら呪術的にもすでにリリスの身体は俺のモノらしく、胎蔵領域は俺のために機能しているらしい。嬉しかったのは、これで五感を得たことだ。目が見える。音が聞こえる。香りが嗅げる。地面を踏める。とにかく世界とはこんなに綺麗なものだったのかと、俺は改めて認識した。フィールフィールドによる直接的な感知で分からないことは無かったが、五感による認識はそれとは別の意味で感動だった。
「うーむ。かくも世界は美しい」
動き回れる身体があるのも嬉しい。どうやら身体としては大樹のモノと共有しているが、独立しても動けるらしい。俺の胎蔵領域がリリスの脳によってコンパイルされているようで、大樹の俺とダークエルフの俺は互いに別個でありながら同一存在というわけのわからない状態にあるようだ。
「問題は、だ」
エルフについてもうちょっとリリスに聞いておくんだった。俺の大樹が生えている場所は草原と湖がある森の空白地点で、その周囲には森が囲んでいる。その森の木から悪意というか、軽蔑の意志を感じる。俺が何かしたかとは思うが、つまりダークエルフは植物に嫌われるということだろう。何となくだが感じてしまうのだ。
「さて、そうなると」
俺としては、俺を否定しない植物は大樹である俺だけで。自分自身を卑下しない俺としては、大樹の俺だけが俺の味方。
「水でもやるか」
そんなわけで、リリスが最後に植えた種。その植物がスクスクと育つことを願って、俺は湖の水を種に撒いた。エルフの身体は不老不死なので、それこそ生きることを諦めなければいつまでも活動可能……らしい。とはいえ、それでも死を選んだリリスの絶望が如何様かは俺の知るところではなく。結局反転呪術で万全を期し、後はリリスの娘をどうするのか考えるだけだ。リリスも女性体なので、今の俺は女性体。普通におっぱいがある。そもそもエルフって生殖をするのか。リリスは娘を作るのに、種を用いていたが。
「仰げば尊しわが師の恩~。教えの庭にも早幾年~」
とりあえず利権的にセーフな歌だけ歌う。まさかダークエルフになるとは思っていなかったが、何はともあれ肉体を得たことはいい事。
「うん。リンゴが美味い」
パーフェクトプラント……とでも言ったか。リリス曰く神樹らしいが。とにかく俺の根幹は樹であり、エルフであるのだ。でも肉が食いたい。この際ダークエルフなんだからエルフと違って肉を食うのもありではないか? 神樹の時は食獣植物とかの真似していたし、エルフが肉を食ってはいかんと誰が決めた。
というわけで肉を食う。そのためにはさてどうしたものか、と悩んで。結論。弓をつくることにした。特に意識しているわけでもないのだが、植物に命令できるのはエルフの強みだ。向こうも悪寒を覚えているらしいが、知ったこっちゃないね。干渉して木材からしなる弓を造り、それからダークスパイダーの糸を持ち帰った。呪術でやれよと思うが、何事もチャレンジだ。木の枝から矢を作って、弓道の練習。そもそも俺は弓を射ったことがない。フィールフィールドを拡張して、獣を見つけると矢を射る。当たったり当たらなかったり。というか一射くらいで動きの止まる獣ではなかった。試行錯誤を繰り返している内は俺の樹になっている果実で我慢する。リンゴやイチゴ、ミカンやブドウ。野菜の類ももちろんフォロー済み。だが腹はくちるのだが、くちるのだが。
「肉が欲しい!」
エルフだから野菜だけ食ってろとか言われたら、俺はその人物を呪うかもしれん。肉だ。肉。とにかく肉。もうこうなったら梵我反転を使おう。とは言ってもフィールフィールドを拡張するだけの、以前も散々やった奴だが。
「梵我反転……天乃邪鬼」
俺の呪術系統は反転系。なのであらゆるものを反転できる。前は後ろに。右は左に。上は下に。別にだから何と言われと困ってしまうが。まずは肉だ。肉。
「???」
俺の反転領域内で逃げられない獣が今起きている現象に理解をしようとして失敗しているが、その獣を矢で狩る。ちゃんと食べるので許してちょ。イノシシだった。既にゴブリンやトロールには遭遇しているので、彼らとは不可侵条約を結んでいる。いや、話が出来たわけではないのだが。やるなら殺すぞ、と実力のほどを見せて牽制していた。こうしておけば醜い争いは起きないだろう。
「はっ」
そこで俺は次なる問題に直面する。火がない。刃物は植物を応用すればなんとかなるが、火はどうしようもない。でも飯を食うのに生はちょっと。転生前はブタ肉に火の通し加減を間違えてドッタンバッタンしたこともあった。
「とにかく火だ! 火!」
昔読んだサバイバルマンガで行われた摩擦による火を再現してみる。上下にハンドルを動かすと、それに合わせて中央の柱が回転する奴。作るだけで一日が過ぎ、肉が腐らなうちに完成させた後は、火を焚いてそこに肉を晒す。炙るともいう。
「は~。肉」
そんなわけで、肉を調達。俺は焼いた肉を喰らっていた。さすがに内蔵は捨てたが。獣皮はどうにか出来ないか考えたが、こちらも破棄。そもそも油や血がついた皮を俺に加工できるはずも無く。そうして火と肉を確保して、悪戦苦闘の毎日。その間も肉体の時間反転は行っており、俺はスクスクと快調へと持っていった。リリスが受けた仕打ちという奴に俺の理解が追いつく日が来るのかは怪しいが。まずは快癒だ。
後は彼女が残した種が健やかに成長することを望むだけ。毎日水をやって、発芽する日を待つ。とか思っていたら、一週間くらいで発芽した。ニョキッと芽を出す。ここからどうやってダークエルフになるのか気になったが、まぁそれはともあれ。俺は本体になっている果実や野菜を食べて、時たま肉を食い、そうやって日々を過ごす。
「そういや魔術もこの世界にはあるんだよなー」
とはいえだ。使えるかどうかと言われると俺には少し。
「だとすると」
呪術を極めるしかないのでは。
「カメハメハとかは使えるがなぁ」
ドラゴン〇ールのアレじゃないぞ? まぁビジュアルは似通っているが。
「お前も早く育てよ」
発芽したリリスの子供を俺は慈しむように見て、その芽に水をかける。
今のところ俺がしているのは発芽した娘に水をやるか。獣を追っかけて狩猟するか。それくらいだ。肉は美味いし、幸せではある。
「あとは話し相手だな」
この森には人間がいない。それを不満には思わないのだが、やっぱり知性体としては異文化コミュニケーションをしてみたいじゃない。
「とすると、また来ないかね。人」
草原に寝転がって俺は人を求める。別に人と会話したいと思っているわけでもないが。でも寂しいと思うこの感情も嘘ではなくて。
「こうなるとリリスがエルフになるのを待つしかないのか?」
ダークエルフだけど。
「今日の水やりは終わり」
さて、寝るか。
「明日は雨でも降っていますように」
意味があって願ったことではない。けれど湖だって水量はいるし、俺としてももっとこう水が欲しい。やはりダークエルフもエルフだから日光と水が必要なのだろうか。とはいえ不死なのであくまで感覚的なことかもしれないが。
「…………」
そうして幾分寝ただろうか。
「ママ……ママ……」
誰かの声が聞こえる。ママ、と呼ばれてるように感じる。だがそれが俺だと認識するには眠気が邪魔をして。ペチペチと頬を叩かれる。何かが俺の眠りを妨げている……と思って目を覚ますと、そこには銀髪で褐色肌の少女がいた。
アレ?