第32話:アーゾルの威厳
「いらっしゃいませお客様。この度は如何様なご用件でしょうか?」
腰は低く。常に笑顔で。マナーの無い客でもまずは話し合い。
「なるほど。接客はそこまで徹底していらっしゃるのですな」
「あくまでお客様第一だ。イゲムントも支店を任せるにあたり、ここは徹底してもらう」
で、そんなことを言いつつ、俺は勉強がしたいと訪ねてきたイゲムントに銀行の本店を見学させていた。とは言っても対応窓口が見えるカフェテラスでコーヒーを飲みながらだが。
「行内にカフェがあるのもいいですな。コーヒー……というのですか? 砂糖を混ぜるとマイルドな味になりますなぁ」
俺は普通にブラックを飲んでいるのだが。
「ああ、紅茶とコーヒーならウチで生産しているから。さすがにタダでとは言わんが、良心的な値段でなら譲るぞ」
「おお、お願いできますか。何せ東の国から買う紅茶は高くてですなぁ」
「王家にも卸しているから、名目はそこそこだと思うぞ」
「それは利用しない手はありませんな」
ニコニコ笑顔で、イゲムントは語る。
「…………ママ……お茶」
「ありがと。ルミナスは優しいね」
「…………えへへ」
「愛らしい娘さんですなぁ」
「嫁にはやらんぞ」
「滅相もない。ただルミナス様が世界の命運を握っていると仰られる……その意味が矮小な自分にはわかりかねて……」
「ああ、試しに俺を殺してみるといい。ソレで大体わかるから」
「それこそ滅相もございませんな。対応の難しいジョークは困りますぞ。アーゾル様」
「すまん。だがルミナスへの心配は俺のレゾンデートルでな。ルミナス以上に、俺がルミナスに何かあったら、大陸くらいは焼くかもしれん」
「可能ですか?」
「それは後日のお楽しみということで」
ズズーとお茶を飲む。
「貴様らぁ……銀行を取りやめろ! 俺らの言うことが聞けねえのか!」
またしても腰の曲がった構成員が、脅しのように銀行を訪ねる。
「ゴルバニアファミリーですな」
「なんなら火をつけてもいいんだぜ? お前らの財産ごと焼いてやろうか!」
「お客様。周囲のお客様のご迷惑になるような行為はお控えください」
で、ダークエルフの行員が、ニコニコ笑顔で嗜める。
「俺らゴルバニアファミリーに迷惑かけるのはいいってのか? あぁ!?」
「公的な手続きをして銀行は運営されております。法律的に違法行為をしているつもりはありません」
「だからそういう態度が気に食わねえんだよ!」
腰を曲げながら、行員に掴みかかろうとして。ドン、と客の一人が腰を蹴った。
「がああああああああああ!」
腰痛に響いた絶叫を上げて、床に転がる構成員。
「えっらそうに! 裏社会支配者とか自称してカツアゲするしか能のない無職どもが!」
一人の客が無慈悲にそういう。周囲の客も似たような意見らしい。
「散々みかじめ料とか言って絞ってくれたよなぁ? 金返せ!」
「やめ! やめろ! 何してるのか分かってんのか! 痛ッ!」
「ちなみにアレもアーゾル様の?」
「いや。ルミナスの呪い」
ルミナスの銀髪の髪を撫でて、心地良さそうにしている彼女にイイ子イイ子をし、俺は茶を飲む。もう最近は困った客に俺が出張らなくてもよくなった。
「客対応は見ていてくれ。基本的にこれを基準にしてもらう。まずは客第一。信用の無い商売の末路はそこに転がっているだろ?」
と、腰を痛めているゴルバニアファミリーの構成員を指差す。
「肝に銘じておきます。預かった貨幣はアイテムボックスに。契約は呪詛誓約……というものを私が知らんので、ギルメート様にマクロを組んでもらって。利子は零・五パーセント。それも計算はカードがするんでしたかな?」
「計算は全部ガーネットがやる。支店の用意と客対応。まずはそれだけだな。あとは財産の管理。できれば行員には誠実な人間を選んで欲しい。面接はして呪詛誓約による縛りも課すが、それはそれとして問題の起こらない人材がいいな」
「早速紹介に帰ったら吟味しておきます。それともう一つ。お願いの儀がございまして」
はあ。
「酒はあんまり渡せんぞ?」
大量に造ってはいるが、まずはエデンガーデン連邦の住人に振る舞いのが前提だ。あとオールゴール王国のお姫様に渡す分。
「そちらもあとでお話しさせていただければ。それより。少し力を示していただきたいのです」
「力……というと」
「何か。威厳を示せるようなものはございませんか? わたくしめが逆らおうとも思わなくなるような……」
ないではないが。茶を飲みながら、外を見る。雨が降っていた。とはいえ銀行にはひっきりなしで客が来るし、座を離れるのもなぁ。
「わかった。じゃあ一つ、ちょっとしたものを見せてやるよ」
そうして俺は外に出る。ルミナスはテラスでお茶してもらって。銀行の外に出て雨に打たれる。どんよりとした雨雲が天を覆い、周囲は暗い。
「アーゾル様。濡れますぞ」
「構わん。そこで見ていろ」
「何をなさるおつもりで?」
「ちょっとした威厳って奴を演出するだけだ。で」
俺はそこらに転がっている石を拾う。だいたい十グラム程度か。十分だ。
「反転呪術。カメハメハ」
石を握った手を上空に向けて、そしてカメハメハを放つ。
|因業にして災害にして波動。
略称。カメハメハ。触れた物質の粒子スピンを反転させることで反物質を作り、対消滅反応を起こして高温の爆発を起こす。それをさらに反転呪術で砲身を作って誘導し、指定した方向を焼き払う呪術。で、カメハメハ。
今回は雨の降る雲目掛けて放った。赫光が天へと伸びて雨雲を払い、千切れた雲の隙間から日光が差す。
「おお……」
「俺に逆らったこれを撃つ……ってことでいいか?」
「芯の底から怯えてございます。アーゾル様に逆らう真似は一切いたしません。なのでなにとぞ温情を……」
脅す気はなかったんだが。結果としてそうなってしまったらしい。まぁイゲムントから脅してほしいと頼んできたのだから、結果オーライか。
「じゃあ王国の支店については頼んだぞ」
「必ずやアーゾル様の御威光を損なわぬよう奮起いたします」
「そこまで遜らんでもいいんだが」
「アーゾル様。並びにルミナス様への恐れは常に持っておきたいのです。これが戒めとなる間は、絶対に逆らうこといたしません」
「それは知ってるよ。あの時、お前が訪ねてきて本音で語ってくれたんだ。俺としても利のある話だから、そこは感謝しているよ」
「有難き幸せ。しかし雨雲を一撃で……」
「お前の撃つことは無いと思うが、この世に絶対は無いからなぁ……」
「大丈夫ですとも。アーゾル様の御期待に応えてみせますので」
「期待している。あ、酒いるか?」
「融通してくださるので?」
まぁ鞭ばかり提示しても息苦しいので、飴も用意せねばな。
読んでくださりありがとうございます!
作者のモチベ維持のためにも★で評価していただければ幸いです。
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応援もしてくれていいのよ?




