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第2話:パーフェクトプラント


 ハエトリソウという植物を知っているだろうか。虫を誘い込んで、パクッと喰らってしまう食虫植物なのだが。あのデザインのカッコ良さに打ちのめされたことがある俺は、どうにかそれが出来ないか悩んだのだが、それはあっさり出来てしまった。脳が無いので、意識の根幹である胎蔵領域のエギオンをどうやって本体にコンパイルすべきか悩んだが、まるで手の届く範囲にあるリンゴに手を伸ばして掴むような自然さで、若木の枝の先にパックマンめいたハエトリソウが出現した。もちろん目は無いので梵我反転で確認したのだが。


 ただちょっと大きすぎないか? ハエトリソウは名前通りハエをパクッと食べるくらいの大きさのはずだ。俺の枝の先に生えているギミックは犬くらいは丸呑みできそうで怖い。あまりに巨大な、それこそ植物系のモンスターがいて、その口に当たる部分があるとしたら今の俺の枝先についている巨大ハエトリソウのギミックがまさにイメージに合致する。


 甘い匂いを出して虫を寄せ付けようとするのはいいのだが。


「GRRR」


 クマが寄ってきた。それもグリズリーとかそう言うレベル。日本では動物園でしか見ないレベルの巨体で、顔から察するに攻撃的。まさか一樹木である俺にクマが喧嘩を売るとも思えないが。それはそれとして。フィールフィールドの内部であれば、目で見るよりよほど鮮明に映像を把握できるのだが、どうやらクマはハエトリソウの匂いに釣られたらしい。ハエが好む匂いに釣られるって、どういう嗅覚してんだ。いや、そもそもこの巨大さだし、勝手の俺の身体というか樹身が獣を引き寄せる匂いを出したのか?


「GR」


 と興味深げにハエトリソウギミックに近づいたクマを。


 バクリ。


 そのままパックンと食べてしまう俺。ちょ!? クマを食うのか!? マジで!? 飲みこみ切れなかった脚がバタバタと無駄に抵抗しているが、そもそも脳が無いこの身体で吐き出すという命令も出来ず。あっさりと胃酸に似た何かを分泌してクマの頭部を溶かし、そのまま飲みこんで死体を喰らう。あえて言うなら某有名な花札制作会社の作った二次元スクロールアクションの名作に出てくる植物と違って、顎は持っていないので嚙み砕く真似はしなかった。ただクマを一飲みにして拘束し、それから胃酸より酸性が強い体液を出して、そのまま俺の栄養に変える。その行為で得た栄養はすさまじく、俺の成長を促した。グングン背が伸びて、十メートルくらいの樹木になる。さらに、そこからハエトリソウギミックで味を占めたのか。生え延びる無数の枝先からギミックを作って次なる獲物を捜している。俺の身体とは言え、植物が獣をエサとしか見ていない振る舞いはちょっと引く。ただそれでもやはり肉体が俺の所有物なのだから、なんともえも言われる充足感が襲っているのも否定できない事実で。こうなると次なるエサを食べたくなる俺のカルマも分かって欲しい。味覚が無いので味はしないのだが、それはそれとして身体に満ちる満足感は耐え難い。やっぱり植物だろうと栄養を摂ると嬉しくなるもんなんだな。


 ええい。じゃあこうだ!


 と安直な意識で考え付いたのは、食虫植物ギミックのオンパレード。ハエトリソウ以外にもモウセンゴケやウツボカズラのギミックも用意。そうしていい香りをばらまいて、ついでに胎蔵領域で、近寄ってきた獲物を認知。鳥が枝にとまって、獣が珍しそうに寄ってくる。


 キエエエエエエエエエエエエッッッ!


 その全てを、落とし穴に落とし、ねばつく腕で絡めとり、咀嚼するように挟み込んで、なおかつ身体のどこで精製しているのかもわからない酸性の液体で溶かして喰らう。


 ああ、美味い。味覚は無いけど。それでも美味い。アニメの中の料理がどんな味がするんだって聞かれているようなもので、味がするわけないんだが名作アニメは下手な食事より胸をいっぱいにしてくれる……という表現を使えば、俺が獣を食って得た快感の三割五分くらいは理解できるはずだ。


 そうしてニョキニョキニョキニョキ。


 そもそも種から出発した人生……樹生か? とにかく俺は、それでも結構大きな木の種類だったらしく、獣を食って、得たエネルギーで育っていったのだが、単純に大きさだけだったらこの森でも一番になっていた。ていうか、誰が俺をここに埋めたんだ?


 とか思いつつ、なんか器用に植物の能力を使えるようになったことに俺は気付いた。以前の食虫植物のオンパレードで気付けよと言われるとそれまでだが。とにかく思ったより植物や樹と言った種族の持つ能力であれば、この樹……つまり俺は何でも出来るらしい。


「やはり! やはりだ! この樹は霊樹だったのだ!」


 で、獣を食ってさらに大きく……とか野望を燃やしていると、少し前に会ったおっさんがまた俺の前に立った。あの頃は若木だったが、今の俺は大樹となっている。しかもそれですら成長途上だと感覚で分かっているのだから、大器晩成もはなはだしい。


「先生! この木の枝を一本折ってください!」


 おっさんが持ち上げているのか尊崇しているのかちょっとわからない口調でそう言うと、ローブを着て杖を構えたコスプレ野郎が俺を見上げて、ニヤリと笑う。もちろん、俺は梵我反転を展開しているので、隅から隅までよくわかる。その上で三次元反転をパッシブで起動しているので、絶対防御のつもりなのだが。しかしそれは相手側も分かっているだろう。おっさんも斧で切れない樹木で木材だと思い知っているはず。つまりこのローブ男は何かウルトラCを持っている。


「我が信仰を神に捧げ奉る!」


 何やら呪文っぽいことを唱えだした……というか呪文だな。あれ? つまり魔法があるのか。獣とか鳥とかしか会っていないので、この世界が何なのかも分かっていない。せめて目が見えれば遠くまで見渡すことができるのだが、それは樹木に求めていいスペックを超えている。俺の梵我反転は半径二キロくらいなので、それより外はマジで何があるのか分からんのだ。


「ウィンドカッター!」


 風の刃……とでも直訳するのか。魔法のある世界なのに、日本語が理解されて呪文が英語て。そういう世界なのだと納得するより他にない。そして。


「うわぁ!」

「ぅおお!?」


 おっさんと魔法使いが同時に驚いた。風の刃が放たれて、そのまま反射して戻ってきたら、それは怖い。俺の術式『陰陽二兎インフィニット』はあらゆる全てを反転させる。攻撃を反射するくらいは訳ない。風の刃とはいえ現象は現象。俺の反転防御を貫くにはそうおうのホロウボースを用いる必要がある。純粋な物理ではあまり苦労も無く反射できるのでな。


「なんだこの霊樹。風葬術を跳ね返しただと?」


「まさか奇跡の樹木……霊樹よりさらに上の……神樹……?」


 どうも。単なる樹です。


 とか思っても、彼らに伝わるはずもなく。だが思ったより俺を見る目に恐怖が浮かび、そうして彼らは言葉を発す。


「ちょ。聞いてない。こんなところの神樹があるなんて……」


「これが天使や悪魔……エルフにバレたら戦争になるぞ」


 そうなので? 俺としては枝を折られることを諦めてくれたら、それ以上問題にする気はないのだが。キシャーと音を立てて、ハエトリソウギミックの口を開く。そのまま食っちゃるぞ、という表現のつもりだったが、見た目的な恐怖が先行したのだろう。悲鳴を上げて逃げていく二人。うむ、無意義な時間だった。


 ところで魔法があるなら、モンスターとかいないのか。冒険者がいてギルドとか発足してないかね?


 ニョキニョキと成長しつつ、食獣植物になっていきつつあって、我ながら自分が何処に向かっているのかもよくわかっていない。人生の迷子というか樹生の迷子というか。そもそも植物に転生するという不条理にどう対処しろと。声も無ければ触覚も視覚もないし。唯一フィールフィールドで世界を認識できることだけが救いだ。これがなかったら、そもそも時間だけを数えて狂い死にするしかなかったところだ。俺は人間としての胎蔵領域を持っているが、肉体が樹木であるためマンガを読むことも歌を歌うこともできない。


 さてどうすべきか。


 正確な時間も分からんし、数える気も無いので、発芽してから一週間経ったのか、一ヶ月経ったのか、一年経ったのかもよくわからん。温度と昼夜程度は何となく察せるが、そもそもそんなものに意識を裂いても何も面白くないので、俺は梵我反転だけを極めようと一意専心していた。フィールフィールドの展開は呪術における奥義。しかも植物の肉体ではフィードバックも無いので使いたい放題だ。


 頑張るぞー。


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