第14話:襲撃とキモオタ
「うーん。いい朝だ」
家が出来て。ついでにドワーフが居着いて。屋敷が二つ。工房が一つ。それからちょこちょこと必要な建造物ができた。森の木材は工房の火を維持するのに使われるらしく、そこは俺がオッケーを出した。居着いたドワーフが三人。工房で鍛造を務めるのが一人。酒蔵で酒を仕込むのが一人。リーダーであるゴーティはその両方の監督を務める。俺はと言えば特にやることもなく。仕方ないので梵我反転の訓練をしていた。
梵我反転。いわゆる自意識を形成するのがエゴを形作るエギオンと呼ばれる粒子。これはオムニサイドと呼ばれる世界そのものの発端である真理の到達点から流れてくる。この現実世界とオムニサイドを繋げているのが衆妙門と呼ばれるゲートで、ここから溢れるようにエギオンが供給され、そうして人間および霊長種の意識は形成される。さらにこの意識であるエギオンを着色して、とある方向性に特化させたのがホロウボースと呼ばれる粒子。このホロウボースの着色は十人十色で、いわゆる呪術の系統はこの着色の色合いによって決まる。もちろん明確に何色と決まっているわけではないが、色によって特徴は決まる。肉体にも走行、水泳、格スポーツ、反射神経など個々によって得意であることが違ったりする。意識に関してもこれは同じことが言え、社交的、人見知り、軟派などそれぞれ個性は出る。呪術はエギオンをホロウボースに変換させて行使する業で、もちろんこれにも特色が出る。
汚染。収束。反転。回帰。誓約。
各々どれに属するかは生まれた瞬間に決まるので、肉体素養同様に変えるわけにはいかないのだが。俺なら反転。ルミナスは汚染だ。
この衆妙門からエギオンを受け取っている空間を胎蔵領域……というのは古い話で、現在の呪術界ではフィールフィールドと呼ぶ。要するにエギオンを溜めるプールのようなものだ。基本的にこれは肉体と同じ形をし、つまり肉体の内部で流れを作る。だがこのエギオンが本質的に『肉体とは連立しない』という結論を以て、自我……つまりフィールフィールドを体外へと投射する技術が存在する。これがつまり自我を世界と反転させる梵我反転。自己意識の根幹であるフィールフィールドを体外に投射する御業だ。世界である「梵」と自分である「我」を取り換えることで世界を呪う呪術の奥義。
呪術には伝死レンジと呼ばれる概念が存在し、胎蔵、接触、類感、不届の四種が存在する。いわゆる呪術の適応外である距離が不届。接触は触れると成立する距離。類感は関係性を通して得る距離。だが梵我反転はフィールフィールドを投射することで、その領域内で伝死レンジを胎蔵に規定することができる。つまり投射したフィールフィールド内では無条件に呪術を適応できるのだ。その適応率は一般的な接触や類感の数十倍とも言われ、まさに呪術における奥義なのだが、もちろんデメリットも多い。一つはエギオンを過剰に消費すること。衆妙門からエギオンが供給されるので、究極的には自我が消えることは無いが、それでもエギオンの不足が意識の固定を難しくするのも事実で。故に梵我反転は決着呪術と呼ばれ、相応の結果を求めない時は安易に使えないとされている。
もう一つ。ファントムペインと呼ばれる仮想痛のこともあるのだが、まぁこれはこれで。
「我が信仰を神に捧げ奉る。ウォーター。バーン」
そうして俺はドワーフが作ってくれたポッドに埋葬術で水を満たし、木材に火をつけ沸騰させる。これによってお湯を作り、コーヒーの粉末を混ぜて飲む。立派なコーヒーの出来上がりだ。カップも用意しているので問題はない。
「うーん。美味い」
コーヒーの実を実らせることは普通にできるし、俺の本体は本当に便利というかなんというか。その俺の本体は梵我反転を用いて、周囲の警戒をしている。エギオンの消費効率の範囲で……とは注釈が付くが。
「さて、どうするか」
コーヒーを飲みつつ、俺はそんなことを考える。あっさりと特定できたのは梵我反転による知覚領域のおかげだ。森にはゴブリンやトロールがおり、そこからさらに五人のエルフがいた。金髪。長耳。中々の美少女ぶり。そもそもエルフって長命種だったよな。こっちでは精霊が受肉化した存在……ということは不死なのか。
「あからさまに敵対行為だな」
弓を握って。矢を構えて。そうして俺の聖域へと侵入してくる。俺がホケーッとコーヒーを飲んでいると、そこに向かって矢が射られた。もちろん反転呪術を行使。反射するように設定。
「汚らわしい存在め! イゾルデ様をどうなされた!」
どう……と言われても。
「歓迎しておりますが?」
コーヒーを飲みつつ、そう言う。
「よりにもよって神樹様のお膝元にダークエルフがいるとは! 不敬罪にもほどがある!」
「はあ……」
なんか人非人扱いされているのはよくわかった。
「で、どうするので?」
「排除に決まっているだろうが!」
まぁそうなるよな。五人のエルフが半円形に俺を囲んで、そのまま矢をつがえる。引き絞って狙ってくるが、まぁ俺には通用しないのでどうでもよく。
「――――」
本体の俺がハエトリソウギミックで、エルフに襲い掛かる。バクンバクンと咀嚼するようにあぎとを開いて閉じ、嚙み殺すかと言わんばかりにエルフに襲い掛かる。
「神樹様! おやめください!」
「敵はあちらのダークエルフです!」
「関係ないな」
俺がそう言うと、
「ッッッ」
エルフたちは驚愕していた。神樹がダークエルフである俺を認めたこと。ついでに共闘していることに信じられない気持ちなのだろう。とはいえ俺の方にも意見はあって。そもそもダークエルフを嫌悪する植物の気持ちという奴がイマイチピンとこない。
「神樹様! ご乱心めされるな!」
オーバーソニックホウセンカ。超音速で種を発射するその攻撃に、
「我が信仰を神に捧げ奉る。ブラストブロウ」
風葬術が起動し、種を吹き散らす。そもそも質量が軽いので、そこそこの強風でも防御に使えるか。
「この唾棄すべきダークエルフがぁ……ッ!」
「さて、神樹はこのように言っているし、ここは矛を収めんか?」
「貴様の如き気持ちの悪い存在に、神樹様を託せるか!」
「気持ち悪い……ねえ」
このままだとヤバいなぁ程度は思っているのだが。何せこっちには。
「くぁ。アーゾル。私にもコーヒー……」
イゾルデがいるのだから。それももちろんばっちりダークエルフのお姿。
「イゾルデ……様……?」
「あ、ども」
エルフの国の王女がダークエルフになっていた。なんかエロ同人とかで誰かそんな薄い本を出してくれんかな。
「イゾルデ様! そのお姿は!?」
「えーと。まぁ。その。ダークエルフになっていまして」
「ッッ! 貴様のせいか!」
否定はしない。別に俺のせいと言う気もないが、まぁ迂遠にルートを辿れば俺に原因が無いでもない。
「イゾルデ様をこんな汚らわしい姿に!」
「許せるものかよ!」
「みじんに刻んでゴブリンのエサにしてくれる!」
はたしてルミナスに聞かせられない罵倒を浴びせたエルフどもに。
「止めろ」
本体の俺が制止をかける。一瞬で動きを止めるエルフたち。ちょっとおもろい。
「エルフだからとてダークエルフを罵倒するな」
「しかし神樹様。ダークエルフは穢れた存在で……」
まぁ言ってしまえばエルフ界のキモオタだ。潔癖症であれば近寄るのも躊躇われる。というのはよくわかるのだが、そこまでか?
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