表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/51

第1話:生まれ変わったら種になっていた


 目を覚ましたら知らない天井だった。


 ……という表現はまま見かけるのだが、俺の場合はそれどころではなかった。密閉された空間。ギチギチの隙間ない質量。例えるなら生きていながら土葬されている感覚に近いというか。まさにそれそのものだった。


 えーと。


 その土中に埋葬されている俺が、俺という自認を以て現状を理解する。


 あかん。今俺は種になっている。何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。ただ催眠術とか麻薬のやり過ぎとかそんなチャチなもんじゃ断じてねー。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった……というか味わっている現在進行形。


 種だよな。今の俺。そもそも俺という意識を持っている存在が植物の種という感覚が俺にはわからんのだが、ジョークで夢を見ている感覚もない。とはいえ俺は今までに明晰夢を見たことは数える程度しかなく。つまり夢を現実だと誤認して体験していたタイプなので、これがその夢だという確信もないし、逆に現実だと悟ることもできない。ただその能力上、と言っていいのか……胎蔵領域の感覚が俺を俺だと認識している。


 もちろん植物の種が俺という存在の全てだと認識して、自己が崩壊することもないのだが、それはそれとしてどうすりゃいいんだ。筋肉が無いので動くことはできないし、肺が無いので呼吸も出来ない。血液が無いので体温もないし、心臓が無いので鼓動もない。目が無いので視力は働かず、耳が無いので音は聞こえない。ただ俺の認識……自我……エゴと呼ばれる感覚だけがこの世界では全てで、それによって土に埋もれていることを自覚している有様。


 植物の種になっているという悪夢なら覚めて欲しい現状。人間としてのアイデンティティがある俺は、そのまま座して待った。赤子が母親の愛情に疑念を抱かないように。己の成長に制止をかけられないように。俺という存在が発芽して、地表へと伸びることをほぼ反射だけで悟っていた。


 ニョキッと伸びる芽。肌感覚が無いので風も気温も感じないのだが、植物であるが故か。太陽光だけは何となくわかる。そもそも地面に埋められても重力で上と下だけは把握できるので、逆らう形で芽を伸ばした……というかそこまで考えてもいない。ただ上に向かって芽を伸ばし、下に向かって根を伸ばす。それだけのことを考えるまでも無くやっている。


 ニョキニョキ。ニョキニョキ。


 いわゆる脳が無いので、胎蔵領域の思考を肉体に反映できず。俺は種から発芽した自分の身体がどういう風に成長するのかを管理できないのだ。そもそも生物の脳という奴は、己の肉体に胎蔵領域の意識をコンパイルするための機関であり、自我の本質ではない。だがハードが無いとソフトが演算されないという意味で、俺の意識は発芽した植物でありながら、それに意識的に干渉できない。


 わかりやすい例えを用いるなら、待ちに待って発売された期待のロールプレイングゲームをプレイしようとしたら勇者が全自動で動いてしまう感覚に近い。全部コンピュータがーやってくれるので、まったくプレイ感も操作感もやりがいも無いというアレ。ゲームとしては駄作も極まるが、それを俺は現実でやられている様子。


 仕方ない。このまま何になるのか座視するか。この樹はいったい何の樹であろうと有名な電機メーカーの社歌でも言っていた。


 中略。


 俺が意識だけ存在して、肉体が植物だと認識してどれくらい経ったのか。自我そのものは胎蔵領域に宿っているので問題が無く。ついでにその胎蔵領域が植物の肉体に宿っているのも辛うじて納得して。仕方ないので暇つぶしに梵我反転を行っていた。そもそも植物なので、動けないし、歌えないし、遊べない。目が無いので視界が無く、耳が無いので音もしない。場合によっては狂ってもおかしくないのだが、一応外界を把握する術は有ったので俺はそれを行使していた。それが梵我反転だった。胎蔵領域を広げる呪術における奥義なのだが、肉体が植物であるからなのか。間隔を広げて認識した情報にフィードバックが適応されず、幻痛が発生しない。


 幻痛。


 横文字を使うとファントムペインと呼ばれるのだが、自我を拡大することで、世界の認識を我が身に捉えるとソレ相応のフィードバックが発生する。例えるなら痛覚神経を皮膚の外に露出するようなもので、痛風みたいに風を感じるだけで激痛を覚えるはずなのだが、植物の肉体には適応外らしい。これ幸いと自我が霧散しないレベルで梵我反転を行使して、周囲の状況を探る毎日。太陽光の感覚で昼と夜はわかるが、腹時計が無いのでそもそも時間を数えるということが不可能であり。仕方ないので周囲を探る。


 だいたい何となくわかったが平原だった。ただし丘というには周囲は木々に囲まれている。俺を中心に周囲は草原が広がっているが、それが地平線まで続いているわけではなく、森の中に空白があって、その空白の中央に俺が生えていると言った有様。胎蔵領域を変幻自在に広げて把握するに、俺を中心に、草原と湖が存在し、そこから数十メートル離れて円形に森が広がっている……でいいのだろうか。胎蔵領域による知覚は人間の根拠に付随するので、まぁ触覚よりは鋭敏に把握できるのだが、触覚とも視覚とも聴覚とも違う第六感によって成立する感覚は、そりゃ常人に説明するのは難しい。


 俺はこの植物になる前。つまり元々の人間だった頃は呪術師だったので、胎蔵領域の拡張については一家言あったのだ。そう考えると助かっている面もあるな。このまま何も見えず、聞こえず、匂わず、触れられない環境だったら狂い死にしていてもおかしくない。


 種から発芽して、樹へと成長するだけでどれだけ時間がかかったのかまではわからない。ただ相当な年月は過ぎたのだろうなと意識だけで思う。死なない程度に胎蔵領域を拡張して、そうやって暇をつぶしていると…………。


「おいおい。こんなところに樹が生えているぜ」


 誰とも知らぬ人間の存在を検知した。もちろん五感が無いので、覚えたのは胎蔵領域でだが。拡張された自意識は、人間の口の動きをあっさりと読んで、何を言っているのかを俺に理解させる。


 人間か。俺の言っていること分かるか。おっさんだな。働き盛り。


 そう語りたいのだが、生憎と口が無いので喋ることも出来ず。せめて胎蔵領域を拡張しているので、ここにいる俺が呪術に長けていることを主張しようとしたが、あっさりとスルーされる。そもそも一般人は胎蔵領域を感知することができないので、呪術について無頓着であると呪術師にとっては殴り放題だと知っている。だが俺が人間としての意識があって、その上で植物に肉体を依存しているのは事実なので、それを他者に伝えるには胎蔵領域を経由するしかないのだが。


 ババア! 俺だー! 結婚してくれー!


 とかネットミームを叫んでも、相手は理解してくれない。


「この樹の生えない空間に一本生えている樹。果実はどうだ? あるいは木材としてポテンシャル?」


 色々と吟味しているところ悪いが、一応人間の意識があるので、全身を舐めまわすように把握されるのは困るというか。


「まさか何かの霊樹か? となると見逃せねえ。枝の一本でも折って、挿し木して、どういう霊樹なのか調べないと」


 とか言って、斧を構える。


 おい?


 まぁ肉体感覚も無いので、枝を折られても痛くは無いんだろうが、呪術的に俺の一部を他に持っていかれるのは傍迷惑極まりない。そこからどういう伝死レンジを辿られるのか分かったものじゃない。では。さて。どうするか。悩んだ末に呪術を使うことにした。


「枝一本持っていくぞ!」


 と、斧を振りかぶって、若木くらいに成長した俺の枝を切り落とそうとするおっさん。それに対して、俺は三次元反転呪術を適応。枝に向かって叩きつけられたおっさんの斧が磁石が反発するように跳ね返った。


「???」


 まぁそうなるよな。こっちの梵我反転にも気付いていないんだ。そもそも呪術を知らない素人。であれば俺が今何をしたのかもよく分かっていないはず。持っててよかった術式。


「硬い素材なのか?」


 いや、呪術で弾いただけなんだがな。


「くそう! 次は埋葬術師を連れてくるからな! 何か知らない霊樹!」


 バーカバーカと吐き捨てて去っていく人間。そんなもんかと俺は自らの呪術の冴えにちょっとだけ愉悦。発芽して、若木になるまで時間がどれだけ経ったのかは知らないが、俺の呪術が衰えていなかったのはひそかに朗報だった。


 さて、そうすると。やることは中々ないが、実験したいことは山ほどある。


 そもそも植物って何ができるんだっけ?


 とりあえずは胎蔵領域の拡張範囲を広げることに心血を注ぐか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ