18. 地獄アイドル:50周年ライブ
「『テメェの“創造力”、見せてみろや!』……だそうっす」
歌って踊って人々を虜にする存在、アイドル。その「らいぶ」とやらで、私の創造力を試す。それが、ジェニミアルから課せられた試練だという。
「ええと……具体的に、私は何をすれば?」
「まぁ、まずは続きをご覧くださいってことで!」
シラキさんがテレビを指さす。
目の眩むような光、耳を塞ぎたくなる轟音、そして煌びやかな衣装。かつてのオペラにも似た、人々を惹きつける舞台が、現代にも残っているなんて――いつの間にか、画面に釘付けになっていた。
「限界ワーカーにとって、推しアイドルはまさに光! 光がないと、人間生きていけないっすよね?」
「……アイドルとライブのすごさは、わかりました。でも」
私にできるのは、家事と悪魔祓いくらいだ。
「そのライブをもっと盛り上げるためのMCを、自分と一緒にやれってことっす」
「えむしー……?」
「曲の合間に話してた人のこと。盛り上げ役っすね」
それが「創造力」とどう結びつくのか、やっぱり分からない。
「私、愉快な話なんてできませんよ……」
「大丈夫! 元営業マンの自分が全力でサポートしますんで、本番行きましょう!」
「えっ、もうですか?」
人前で話した経験もないのに、ライブは間もなく始まるという。
興奮気味のシラキさんに手を引かれ、再び灼熱のフロアへ戻ると。
「わぁ……」
ひしめく悪魔、そして連れられた亡者たちが、会場の熱気に煽られ波打っている。中には私たちと同じ、首輪付きの人間もいた。
「いやー、周年記念ライブはやっぱレベチっすね!」
普段の倍は観客が入っていると、シラキさんは声を高くする。
この何千もいる観客の前に立たなければいけないのか――ステージの袖から会場を見回していると。
「ん……?」
派手な柄のシャツにサングラスを身につけているが、あの黒い猫耳――。
「……まさかね」
そう呟いた途端。唸るようなギターの音が鼓膜を震わせ、ステージに炎の柱が上がった。
あれはジェニミアルの纏う炎だ。
灼熱の鼓動が会場を揺らし、常に地響き状態になっている。
『おうテメェら! 初っ端から燃やして行くぜぇ!!』
ジェニミアルがステージの上で跳ね、エレキギターをかき鳴らした瞬間――観客の亡者たちが、次々と炎に包まれた。
「えっ……!」
ギターの音とともに立ち上るのは、真紅の灼熱。観客席から上がるのは悲鳴――ではなく、歓声だった。
「ヴリィィィィッ!!」
「ジェニちゃんコッチ向いてッ!」
先ほど見た映像と、だいぶ様子が違う――シラキさんを振り返ると、彼は「あー」と言いにくそうに呟いた。
「さっき見てもらったのは、ジェニちゃんが大人しい時ので……昂ってる時は、だいたいこんな感じっす」
【業火の悪魔】に焼かれる亡者たち――これでは地獄の処罰だ。
と、最初はそう思ったが、なんだか様子が違う。
罪を抱え地獄に落ちた亡者たちの魂が、音楽と熱に溶けながら、狂ったように高揚している。
『サンキュー、業の深ぇ罪人ども! 地獄のライブは「裁き」と「救済」のシェイク! これが本場、冥府の儀式だぜぇ!!』
亡者たちは火の海の中で狂喜し、ジェニミアルのギターに呼応するように歓声を上げている。
生前も、数多くの悪魔を見てきたというのに。その光景に目を奪われ、動けなくなった。
「……あれ? なんだか、ジェニちゃん様ひとりで勝手に進めてますけど」
私たちの出番はあるのか。
そう問いかけると、シラキさんは申し訳なさそうに笑った。
「それが滅多にないんっすよねぇ。たまーにジェニが現世から喚ばれるんで、その時だけ繋ぎに――」
シラキさんの言葉に、ある種の予感を感じ取った瞬間。
『来いジェニミアル!』
突然、天から声が響いた。
どこで聞いた声だったか――と思い出す間にも、幼女悪魔の足元に、赤黒い炎の陣が現れる。
『まーたアイツの喚び出しかよ! ほんっとタイミング悪りぃヤツだぜ! 飯でも奢らせねぇと気が済ま――』
言い切らないうちに、小さな悪魔は召喚陣の中に吸い込まれていった。
「うわぁー……『滅多にない』が来ちゃいましたね。しかもこんな満員の時に」
ジェニミアルが消えたことで、盛り上がっていた会場が戸惑っている。そしてみるみるうちに、熱は冷めていった。
観客たち――特に悪魔は、彼女がいなくなってから、ざわざわと不穏な声を上げている。
「ロミさん、なんとか繋ぎましょう! こんな時のMCっす!」
「は、はい……!」
焦ったシラキさんに続き、ステージ中央まで出ていったが。混乱する会場は、私たちを気にも留めていない。
そんな中でも負けずに、シラキさんは「元営業のトーク力に乞うご期待!」と笑顔でマイクを握った。
『皆さま、本日はご来場誠にありがとうございます! 我らがジェニちゃん様、しばし現世にお喚ばれ中でして……でも安心してください! 必ず帰ってきますから!』
だから、どうかそのままで――シラキさんの言葉は、悪魔たちのざわつく声にかき消された。
ダメだ。みんなこちらを見ていない。主役の不在への戸惑いが広がり、ただでさえ気性の荒い悪魔たちが互いに不満をぶつけ合っている。
このままだと、せっかくのライブが潰れてしまう――。
「……えっ、ロミさん?」
震える手で、シラキさんのマイクを受け取った。
歌も踊りも自分にはできない。でも、悪魔の嗜好は知り尽くしている。
私にできる「創造」は――。
『皆さん……ジェニちゃんがいない今こそ、彼女を驚かせる機会です』
ざわついていた空気が、少しだけ静まった。耳を傾ける悪魔たちが増えていく――今だ。
『いつもはジェニちゃんの炎に焼かれてる皆さん、たまには、その「熱」をジェニちゃんに返してみませんか?』
会場中の炎が、彼女の不在で弱っている。でもきっと、魔力を注げばまた勢いを取り戻すだろう。
それを彼女への応援に変えるのだ。
『今の地獄に序列はありません。だったら……今日くらい、上級悪魔じゃなくて下級悪魔が主役になってもいいと思いませんか?』
悪魔がもつ反逆心を煽ると。
火がついたように、一部の悪魔が反応する。ちらりと互いを見やり、拳を握る者もいる。
『さっきよりも、もっと熱い会場にして、ジェニちゃんを驚かせましょう……!』
言いながら、視界が揺れた。慣れないことをしたせいだろうか――でも、ここで倒れるわけにはいかない。
『さぁ、炎の杯に……魔力を!』
視界が歪み、ふらついた瞬間。
背中に大きな手が添えられた。
「……シラキさん?」
代わりに声を張ったのは、彼だった。
『皆さんの応援に、ジェニちゃんはきっと、最高のパフォーマンスで応えてくれます!』
その声に導かれるように、悪魔たちは次々と炎の杯へ手をかざす。ぽっ、ぽっ、と灯る火が、会場のあちこちで花のように咲いていった。
亡者たちまで、「何か起こるのか」と興奮気味に見守っている。
「すごいっすよ、ロミさん! 推しを待つ間の『盛り上がり』ができてますっ」
「シラキさんのおかげ……ですね」
支えてくれている手に触れ、シラキさんを見上げると。「何言ってるんすか」と彼は笑った。
「ロミさんが、地獄のライブに新しい“推し応援文化”を作ったんですからね!」
「……え?」
私が作った――その言葉が頭を巡るうちに、背後から轟音が響いた。
ステージ上に、再び炎の柱が立つ。
「待たせたなァ、テメェらァ!!」
灼熱の炎と共に舞い戻ったのは、観客たちが待ち望んだジェニミアル。
片手にはいつものギター、もう片手には薄いパンケーキのようなものを持っている。
「あっ! ジェニのやつ、また現世の契約者に原宿でクレープ奢ってもらってる!」
「……おい、ンなことよりテメェら」
ジェニミアルは、クレープをかじる手を止めていた。先ほどよりも盛り上がる会場を眺め、赤黒い炎を身体から漏らしている。
「マジ最高! お前ら、サイコーだ!!」
「わっ……!」
頭をぐしゃぐしゃと撫で回され、せっかく治りかけていためまいが再発しそうになった。しかもこちらに構わず、ジェニミアルは小さな手で、私を軽々と担ぎ上げたのだ。
「よっしゃ、このままラスト一曲! 全員、魂まで燃え尽きる覚悟しやがれェェッ!!」
間違いなく最高潮を迎えた会場は、もはや肺が焼けるほどの熱気を帯びている。
ラストソングが鳴り響く中。
熱い手に担ぎ上げられた身体の重さを感じながら、そっと呟いた――退魔の血は関係ない、今回はたしかに、私自身の力が届いたのだと。