表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

18. 地獄アイドル:50周年ライブ

「『テメェの“創造力”、見せてみろや!』……だそうっす」


 歌って踊って人々を虜にする存在、アイドル。その「らいぶ」とやらで、私の創造力を試す。それが、ジェニミアルから課せられた試練だという。


「ええと……具体的に、私は何をすれば?」

「まぁ、まずは続きをご覧くださいってことで!」


 シラキさんがテレビを指さす。

 目の眩むような光、耳を塞ぎたくなる轟音、そして煌びやかな衣装。かつてのオペラにも似た、人々を惹きつける舞台が、現代にも残っているなんて――いつの間にか、画面に釘付けになっていた。


「限界ワーカーにとって、推しアイドルはまさに光! 光がないと、人間生きていけないっすよね?」

「……アイドルとライブのすごさは、わかりました。でも」


 私にできるのは、家事と悪魔祓いくらいだ。


「そのライブをもっと盛り上げるためのMCを、自分と一緒にやれってことっす」

「えむしー……?」

「曲の合間に話してた人のこと。盛り上げ役っすね」


 それが「創造力」とどう結びつくのか、やっぱり分からない。


「私、愉快な話なんてできませんよ……」

「大丈夫! 元営業マンの自分が全力でサポートしますんで、本番行きましょう!」

「えっ、もうですか?」


 人前で話した経験もないのに、ライブは間もなく始まるという。

 興奮気味のシラキさんに手を引かれ、再び灼熱のフロアへ戻ると。


「わぁ……」

 

 ひしめく悪魔、そして連れられた亡者たちが、会場の熱気に煽られ波打っている。中には私たちと同じ、首輪付きの人間もいた。


「いやー、周年記念ライブはやっぱレベチっすね!」


 普段の倍は観客が入っていると、シラキさんは声を高くする。

 この何千もいる観客の前に立たなければいけないのか――ステージの袖から会場を見回していると。


「ん……?」


 派手な柄のシャツにサングラスを身につけているが、あの黒い猫耳――。


「……まさかね」


 そう呟いた途端。唸るようなギターの音が鼓膜を震わせ、ステージに炎の柱が上がった。

 あれはジェニミアルの纏う炎だ。

 灼熱の鼓動(ビート)が会場を揺らし、常に地響き状態になっている。


『おうテメェら! 初っ端から燃やして行くぜぇ!!』


 ジェニミアルがステージの上で跳ね、エレキギターをかき鳴らした瞬間――観客の亡者たちが、次々と炎に包まれた。


「えっ……!」


 ギターの音とともに立ち上るのは、真紅の灼熱。観客席から上がるのは悲鳴――ではなく、歓声だった。


「ヴリィィィィッ!!」

「ジェニちゃんコッチ向いてッ!」


 先ほど見た映像と、だいぶ様子が違う――シラキさんを振り返ると、彼は「あー」と言いにくそうに呟いた。


「さっき見てもらったのは、ジェニちゃんが大人しい時ので……昂ってる時は、だいたいこんな感じっす」


 【業火の悪魔】に焼かれる亡者たち――これでは地獄の処罰だ。

 と、最初はそう思ったが、なんだか様子が違う。

 罪を抱え地獄に落ちた亡者たちの魂が、音楽と熱に溶けながら、狂ったように高揚している。


『サンキュー、業の深ぇ罪人ども! 地獄のライブは「裁き」と「救済」のシェイク! これが本場、冥府の儀式だぜぇ!!』


 亡者たちは火の海の中で狂喜し、ジェニミアルのギターに呼応するように歓声を上げている。

 生前も、数多くの悪魔を見てきたというのに。その光景に目を奪われ、動けなくなった。


「……あれ? なんだか、ジェニちゃん様ひとりで勝手に進めてますけど」


 私たちの出番はあるのか。

 そう問いかけると、シラキさんは申し訳なさそうに笑った。


「それが滅多にないんっすよねぇ。たまーにジェニが現世から喚ばれるんで、その時だけ繋ぎに――」


 シラキさんの言葉に、ある種の予感を感じ取った瞬間。


『来いジェニミアル!』


 突然、天から声が響いた。

 どこで聞いた声だったか――と思い出す間にも、幼女悪魔の足元に、赤黒い炎の陣が現れる。


『まーたアイツの喚び出しかよ! ほんっとタイミング悪りぃヤツだぜ! 飯でも奢らせねぇと気が済ま――』


 言い切らないうちに、小さな悪魔は召喚陣の中に吸い込まれていった。


「うわぁー……『滅多にない』が来ちゃいましたね。しかもこんな満員の時に」


 ジェニミアルが消えたことで、盛り上がっていた会場が戸惑っている。そしてみるみるうちに、熱は冷めていった。

 観客たち――特に悪魔は、彼女がいなくなってから、ざわざわと不穏な声を上げている。


「ロミさん、なんとか繋ぎましょう! こんな時のMCっす!」

「は、はい……!」


 焦ったシラキさんに続き、ステージ中央まで出ていったが。混乱する会場は、私たちを気にも留めていない。

 そんな中でも負けずに、シラキさんは「元営業のトーク力に乞うご期待!」と笑顔でマイクを握った。


『皆さま、本日はご来場誠にありがとうございます! 我らがジェニちゃん様、しばし現世にお喚ばれ中でして……でも安心してください! 必ず帰ってきますから!』


 だから、どうかそのままで――シラキさんの言葉は、悪魔たちのざわつく声にかき消された。

 ダメだ。みんなこちらを見ていない。主役の不在への戸惑いが広がり、ただでさえ気性の荒い悪魔たちが互いに不満をぶつけ合っている。

 このままだと、せっかくのライブが潰れてしまう――。


「……えっ、ロミさん?」


 震える手で、シラキさんのマイクを受け取った。

 歌も踊りも自分にはできない。でも、悪魔の嗜好は知り尽くしている。

 私にできる「創造」は――。


『皆さん……ジェニちゃんがいない今こそ、彼女を驚かせる機会(チャンス)です』


 ざわついていた空気が、少しだけ静まった。耳を傾ける悪魔たちが増えていく――今だ。


『いつもはジェニちゃんの炎に焼かれてる皆さん、たまには、その「熱」をジェニちゃんに返してみませんか?』


 会場中の炎が、彼女の不在で弱っている。でもきっと、魔力を注げばまた勢いを取り戻すだろう。

 それを彼女への応援に変えるのだ。


『今の地獄に序列はありません。だったら……今日くらい、上級悪魔(ジェニミアル)じゃなくて下級悪魔(みなさん)が主役になってもいいと思いませんか?』


 悪魔がもつ反逆心を煽ると。

 火がついたように、一部の悪魔が反応する。ちらりと互いを見やり、拳を握る者もいる。


『さっきよりも、もっと熱い会場にして、ジェニちゃんを驚かせましょう……!』


 言いながら、視界が揺れた。慣れないことをしたせいだろうか――でも、ここで倒れるわけにはいかない。


『さぁ、炎の杯に……魔力を!』


 視界が歪み、ふらついた瞬間。

 背中に大きな手が添えられた。


「……シラキさん?」


 代わりに声を張ったのは、彼だった。


『皆さんの応援(あい)に、ジェニちゃんはきっと、最高のパフォーマンスで応えてくれます!』


 その声に導かれるように、悪魔たちは次々と炎の杯へ手をかざす。ぽっ、ぽっ、と灯る火が、会場のあちこちで花のように咲いていった。

 亡者たちまで、「何か起こるのか」と興奮気味に見守っている。


「すごいっすよ、ロミさん! 推しを待つ間の『盛り上がり』ができてますっ」

「シラキさんのおかげ……ですね」


 支えてくれている手に触れ、シラキさんを見上げると。「何言ってるんすか」と彼は笑った。


「ロミさんが、地獄のライブに新しい“推し応援文化”を作ったんですからね!」

「……え?」


 私が作った――その言葉が頭を巡るうちに、背後から轟音が響いた。

 ステージ上に、再び炎の柱が立つ。


「待たせたなァ、テメェらァ!!」


 灼熱の炎と共に舞い戻ったのは、観客たちが待ち望んだジェニミアル。

 片手にはいつものギター、もう片手には薄いパンケーキのようなものを持っている。


「あっ! ジェニのやつ、また現世(あっち)の契約者に原宿でクレープ奢ってもらってる!」

「……おい、ンなことよりテメェら」


 ジェニミアルは、クレープをかじる手を止めていた。先ほどよりも盛り上がる会場を眺め、赤黒い炎を身体から漏らしている。


「マジ最高! お前ら、サイコーだ!!」

「わっ……!」


 頭をぐしゃぐしゃと撫で回され、せっかく治りかけていためまいが再発しそうになった。しかもこちらに構わず、ジェニミアルは小さな手で、私を軽々と担ぎ上げたのだ。


「よっしゃ、このままラスト一曲! 全員、魂まで燃え尽きる覚悟しやがれェェッ!!」


 間違いなく最高潮を迎えた会場は、もはや肺が焼けるほどの熱気を帯びている。

 ラストソングが鳴り響く中。

 熱い手に担ぎ上げられた身体の重さを感じながら、そっと呟いた――退魔の血は関係ない、今回はたしかに、私自身の力が届いたのだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ