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冥メイド~猫かぶり悪魔の奴隷になりましたが、生前よりも幸せです。~  作者: 見早
2章:辛い裁きと甘い赦し ~地獄のお仕事は心を溶かす~
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11.擬似オフィスラブ

『B3の全職員に命じる! この紙に己の契約印を記せ!』


 悪魔の気まぐれとは分かっていても、ルシファーが頼もしく見えてしまった。

 そして相変わらず、当事者の悪魔はどこかに隠れている。


「お待ちください、ルシファー様。勝手に復帰試験を終えられては困ります」


 あぁ、やっぱり――。

 あの堅物悪魔が、出てこないはずがない。

 レンズ越しの目を光らせたアマイモンの抗議に対し、ルシファーは「オレ様が決めたことなんだけど?」とふんぞり返っている。


「昔とは違うのですから、すべてが貴方様の思う通りにはいきません。無茶を仰るならばコンプラ軍に報告させていただきますが」

「え〜。でもルキの復帰試験なんだろ? アイツいねぇと、オレ様の仕事増えんだけど」

「……それは」


 周りを見渡しても、やはりルキの姿がない。まったくあの悪魔、こんな時にどこへ行ったのか。

 ルキに職場復帰してもらわなければ、私も困る。

 見つめ合う――というより、睨み合う大男たちから一歩離れ、無言の行く末を見守っていると。


「ルシファー、そろそろよ」


 上級悪魔が火花を散らす重圧の中、割り込んだのは――。


「あー。理世、時間か?」

「天界から使者が来るまで、あと30分もないの! 『ミカエル』は時間に厳しいんだから!」


 ルシファーにあの態度。

 やっぱり彼女、ただものではない。


「アンタも! 争ってないで、働きたい悪魔は働かせた方が魔役所のためになるんじゃないの!?」

「……はぁ」


 すごい。アマイモンまで言い負かしている。

 彼女、生前はただの一般人ではなかったのでは――。

 ひとり考える間にも、ミチヨさんは「またね、ロミちゃん」と笑顔で手を振っている。そのまま、ルシファーを引っ張り、行ってしまった。


「ええと……」


 しんと静まり返るB3フロアの中央で、立ち尽くすアマイモンと2人。

 言葉が見つからないままでいると、深いため息が頭上に降ってきた。


「近頃は奴隷……失礼、契約者が生意気で困りものですね」


 それを私に言うのか。

 眼鏡のブリッジを引き上げる悪魔は、背筋を伸ばし、こちらに向き直った。

 

「来なさい、ローズマリー・セージ。()()()()()()のところへご案内します」


 なぜか名前がバレているし、拒否権は最初からないようだ。反論する間もなく、昇降機(エレベーター)という鉄の箱に乗せられた。

 気の早い、とは、おそらくルキのことだろう。

 それにしても、わざわざ案内してくれるなんて――ツノはないし、瞳さえ見えなければ、アマイモンは人間の男性に見えなくもない。


「何か申し上げたいことでも?」

「いえ、別に」


 ちょっとだけ親近感が湧いた、なんて言えるわけがない。


「……貴女は首輪付きですが。もし誰のものでもなかったならば」


 突然、狭い箱の中の空気が揺らいだ。

 冷たい風が全身を包む。

 息が、できない――。


『その稀有な魂を、私の嵐の中へ連れ去っていた』


 鼓膜を震わす低音が響く。

 これが、アマイモンの本性――。

 唯一動く指で、スカートの中のナイフに触れた瞬間。

 

「悪魔に気を許さないことですね、人間」

「っ、はぁ……!」


 楽になった肺が膨らんでいく。

 潤む視界の中見上げた顔は、元通りの澄まし顔だった。

 あの当てにならない事典によると、アマイモンの権能は天候を操るものだったはず――今のは何だったのか。


「おや、着きましたね」


 いつの間にか、壁の表示が「B3」から「B666」へ変わっている。

 息を整える間にも箱が止まり、ドアが左右に開いた。


「ようこそ新人さん! 僕はこのフロア、『司法軍』の代表ルキフェルトさっ」


 まったく、どこへ行ったのかと思えば――。

 それが魔役所で働く時の正装なのだろうか。いつもと違うスーツを纏ったルキは、さらに前髪を上げている。


「……何をなさっているのですか、ご主人様」

「いやー、堅物メガネ君の無茶ぶりは、ロミがどうにかしてくれそうだったからさ! ひと足先に準備して、僕の仕事してる姿に惚れ直してもらおうかなぁって」


 惚れ()()もなにも、惚れてすらいない。

 その格好は――まぁ、悪くないと思うけど。


「……それでは、確かに送り届けましたので」


「これにて失敬」、とアマイモンは再び箱の中へ戻っていった。

 やはり、ルキ以外の上級悪魔と2人きりは危険かもしれない――まだ速い鼓動を感じながら、ルキを振り返ったところ。

 いつも以上にネコを被った、満面の笑みで迎えられた。


「職業体験へようこそ、セージさん。さっそく仕事内容について説明するね」

「えっ……真面目な顔で何を始めたんですか?」

「君の仕事は僕の膝の上にいること、それだけです」


 前言撤回。真面目ではなかった。

 こんな茶番は置いて、「さっさと働いて」と抗議したが。荷物のように担がれ、イスに腰かけたルキの膝に乗せられた。

 しかもこの悪魔――机に積み重なった書類の束には見向きもせず、人の髪をいじって遊んでいる。


「ご主人様、仕事は?」

「ここではルキフェルト様と呼んでくれないかな?」


 こちらに非があるかのような不満顔で見下ろされ、その顔を思わず滅しそうになった。しかし我慢しているうちにも、悪魔の暇つぶしがエスカレートしていく。


「ねぇ、たまにはロミからキスしてほしいなぁ」

「はぁ? ちょっとやめっ!」


 ベタベタと触れてくる悪魔の手を払いつつ、慌てて周りを見回すと。フロアの悪魔たちはこちらに見向きもせず、机の上に溜まった書類と格闘している。

 いや。よく見ると、「あれ、ルキフェルト様なのか?」と動揺している悪魔もいた。


「アンタが作り上げてきた職場のイメージ、崩れかかってるみたいなんだけど?」

「そんなのどうでも良いさ。ね、それより」


 ここでする――?


 耳をくすぐる囁きに、時が止まったような気がした。遅れて顔が熱くなる。


「なっ……!」


 まさか本気じゃないだろう。人を揺さぶって楽しんでいるに違いない。

 金銀の瞳を見上げると、「本気だよ」と目が細くなった。


「え……だって」


 この悪魔、周りにいる部下たちが見えないのか――。


「このフロアにいるのは悪魔だけだよ? 人間(きみ)たちの感覚で言うと、『上司がランチを食べてる』くらいにしか思わないはずさ」

「そんなわけあるか! 離して……」


 しつこい悪魔に対して、そろそろナイフを構えようかと準備していたところ。


『号外! 冥界新聞社ヨリ届ケ物ダ』

「わっ!」


 突然、壁をすり抜けて現れたのは、いつか見た大ガラス――フロアの天井を飛び回りながら、肩かけポーチから古紙を撒き散らしている。

 助かったが、いったい何事だろうか。


「なになに? 『500年ぶりの天使昇格試験合格者』……へぇ」


 厚紙を見つめるルキの目が、一瞬暗くなった。

 天使が試験制度で選ばれていたことに驚きつつ、ルキの手から新聞を奪い取ると。


「新任天使、生前名ミシェル・ホーリー……?」


 彼女――私の知るミシェルと、同姓同名。

 でも、そんなはずはない。


「これは、君の親友にして仇敵の名じゃないか」


 目の前の悪魔は、暗く光る金銀の瞳で、じっとこちらを見つめている。

 人が困惑する姿を楽しんでいるのだろう。


「……この新聞に載っている方は、私の知る彼女ではありません」


 理由はどうあれ。

 人を「魔女」と告発した上に死へ追い込んだ彼女が、この地獄以外の場所にいるはずがない。


「アンタ、また私を揺さぶって楽しんでるだけでしょ? ミシェルなんて名前ありふれてるし」

「ホーリーのファミリーネームはありふれていないと思うけど?」


 誰が何と言おうと、これは()()ミシェルではない――再び断言すると。ルキは人の手から新聞紙を取り、書類の束の上へ放り投げた。


「だよね! いやー君の焦った顔、面白かったなぁ」


 まったくこの悪魔は――。

「面白そう」という好奇心だけで、人のトラウマを気安く弄ぶのだから。

 それにしても。


「ミシェル・ホーリー」


 新聞に記されていた名前が、頭に焼きついたまま消えない。

 きっと別人――そうに違いないのに。

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