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冥メイド~猫かぶり悪魔の奴隷になりましたが、生前よりも幸せです。~  作者: 見早
2章:辛い裁きと甘い赦し ~地獄のお仕事は心を溶かす~
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10.所有届≠婚姻届

 丁寧な説明をしてくれたヴェパルにお礼を告げ、小舟――モーターボートというものに乗った。それで彼女の流す川を下り、向かうのはB3フロア。

 禍々しい色の水飛沫が頬を打つ間にも、ルキは人の手を握ったまま離さなかった。

 ルキが「苦手」と称した【暴風の悪魔】アマイモンとは、どのような悪魔なのか――。


「ご結婚おめでとうございます!」


 これはいったい――?


 おそらく現代の役所を模したと思われるフロアは、異形の悪魔たちで溢れていた。その中心にいる悪魔とその契約者らしき人間に、フロアの悪魔一同が拍手を送っている。


「おめでとうございます、我が配下とその(つがい)

 

 先頭に立っているのは、黒縁メガネにかっちりとしたダブルコートの悪魔。


「おや、探す手間が省けたね」

「もしかしてアレが……」


 筋肉ヒゲだるまどころか、ひょろっと背が高く線の細い男性ではないか。

 祝福している割に真顔。しかも眼鏡のレンズが磨かれすぎて光り輝き、奥にあるはずの目が見えないほどだ。


「ていうか、地獄に婚姻制度あるんですね」

「もちろん! 現世での契約は人間と悪魔の間で結ばれただけのものだけどね。ここに第三者、魔役所(アンフェル)の承認が加わることで、より深い絆で結ばれることになるんだよ」


 人間同士のものと違い、どうせろくでもない誓いを立てているに違いない。

 何より私には、縁のない話だ。


「そういうわけで、僕らも出そうか」


 いつもよりさらに深い笑顔――念のため、ルキが手にしている書類を確認すると。


「ちょっと待て! 所有届はこの際仕方ないとして、婚姻届(それ)を出していいなんてひと言も言ってないんですけど?」

「大丈夫、どっちも『僕のもの』って証明するだけでたいして変わらないから」


 まったく、油断も隙もない。

 強引に窓口へ向かおうとするルキを追いかけようとしたが、悪魔の密度が高くて前へ進めない。


「ちょっと待っ――」

「地獄新法第153箇条。『契約または手続きに関して、『契約者悪』は『契約者人』が不利益を被るような説明をしてはならない』」


 何やら唱えながらルキの手を掴んだのは、向こうでカップルを見送っていたはずの彼――暴風の悪魔アマイモンだ。

 静かになった悪魔たちの間をすり抜け、ようやくルキのそばに寄ることができた。


「はぁ〜出た出た、歩く地獄法辞典さん」


 掴まれた手を払うルキに対し、アマイモンは掴んだ手に『除菌スプレー』と書かれた瓶のミストを吹きかけている。


「久しぶりですね、『反転』の方。永久休職中だと旋風(つむじかぜ)の噂で聞きましたが」

「また配下を使って聞き耳立ててたの? 感じ悪ーい」


 ルキがネコを被りきれていないなんて――とにかく、このままでは話が進まない。


「ご主人様、まずはさっさと所有届を出されては?」

「あぁそうだったね! 堅物メガネ君に絡むのはそれからだったよ」


 とりあえず婚姻届、ではなく所有届を出し終えて、それから話を――と思ったのだが。

 2人分の署名がなされた書類を提出した瞬間、黒い首輪が勝手に首へ巻きいた。


「……なんですか、この犬みたいな扱いは」

「これは他の悪魔にも見えるように可視化した所有の証なんだよ。ほら、シラキもしてたでしょ?」


「お揃いだよ?」、と意味の分からないフォローを入れる悪魔は置いて。

 確かにこれをしていれば、他の悪魔に襲われる心配はないはず――たいへん不本意だが。


「それで、(わたくし)に用とは? 本日は古巣であるB3の視察で忙しいのですが」


 口を開けば言い合いをはじめそうなルキに代わり、「職場復帰のことで」と切り出した。

 悪魔にしてはまともに話を聞いてくれたアマイモンは、「なるほど」と眼鏡のブリッジを引き上げる。


「ようやく面倒な同僚がいなくなった……失礼、『諸事情で休職なされた』とうかがっていたのですがね」

「地獄は『無職を許さない社会』とお聞きしました。ですから、ご主人様には働いてもらわないと」


 こういう秩序と制度を重んじる悪魔には、「決まり」に則った理由を話せば分かってもらえるはず。

 生前の経験を活かし、そう告げたのだが――アマイモンの表情は曇ったままだ。


「はいそれでは……と、人間の言うことを聞き入れる私ではありません。要望を通すつもりならば、それなりに力を示していただかなくては」

「『力』? 権能で殴り合いでもする?」


 人を抱え込んだまま離さないルキが、ようやく口を開いた。

 笑顔で殴り合いを提案するとは、さすが悪魔――。


「では、かかってきなさい……と、19世紀までの私ならば申し上げていましたが。現在はコンプラというものが存在しますからね」

「コンプラ?」


 記憶同期した中に、そのような単語があった。

 たしかルールを守るという意味だったような――。


「では、穏便にこうしましょう」


 アマイモンの眼鏡の奥の、赤い瞳がこちらを向いた。

 やはり悪魔――その視線は、背筋が凍るほどに冷たい。

 

「貴女が主人のため、このB3フロアで働く悪魔全員から(サイン)をもらうこと。復帰条件はそれだけです」

「え……私?」


「簡単でしょう?」、と堅物悪魔は無表情で口にした。


「最高難易度の間違いでは?」


 人間の自分がストレートにお願いしたとして、悪魔が素直に自分の印を書くわけがない。


「大変だねーロミ。むしろ勝負の方が早かったんじゃない?」


 まるで他人事の悪魔を睨みつけた、その時。


「あっ……そうだ!」


 そういえば、アマイモンは()()サインをもらうかは条件付けていなかった。

 魔役所勤めのルキの権能と顔を使えば、サインがもらえるのでは――。


「お断りします」


 全員、即答。

 

「ええー、別の軍とはいえ上司だよ? そんな簡単に断っちゃう?」


 なぜかB3フロア全員が、ルキに対して絶対零度の待遇だ。


「ルキに人望がないとしても、どうしてここまで……あ」


 そうだった。ここはアマイモンが元々管轄していたフロアらしい。

 元長と犬猿の仲であるルキに従えば、後が怖いに決まっている。


「だったらもう、力で訴えるしか……」


 苦肉の策としてナイフと腕を構えると――先ほど「B3内は権能禁止なんだよ」と笑っていたルキに、神妙な顔でナイフを奪われた。


「そう簡単に魂を傷つけるもんじゃないよ」


 退魔の血を利用しようとしているクセに、何を言っているのか。


「……私の勝手ですから」


 急に真剣になった瞳を見ると、本気で心配してくれていると勘違いしそうになる――。

 腕を握る黒い手を払い、四角い箱と向き合っているフロアの職員たちを見渡した。

 こんな脅し、アマイモンほどの大物には通用しないかもしれない。

 でも無名の悪魔ならいけるはず――ナイフを奪い返し、近くの窓口にいる羊頭の悪魔へ、用紙とペン、そしてナイフを差し出した。


「滅されたくなかったらサインください」

「ああん?」


 羊頭に向けたはず――だったのに。

 紙とペンは、窓口の向こう側へと吸い込まれていった。


「あ……すみません間違えました」


 頭を下げつつ、ガラスの向こう側にいるお客様の顔を見上げると。


「オレ様相手に良い度胸だ、人間の女!」


 目が合ったのは、鮮血のような色がにじむ瞳。

 長い黒髪に黒い肌の大男――なんと、事典に記された姿と同じだ。

 

「【王冠の悪魔】ルシファー……?」


 とっさにルキの方を振り返ったが、いつの間にか姿が見えない。

 それにしても、目が合った時の衝撃で、まだ身体が痺れている――コイツ、たぶんルキより格上だ。


「ついでにこのオレの似顔絵も特別サービスだ。光栄に思え!」

「え……?」


 似顔絵――超大物の印と、可愛らしくデフォルメされた顔の書かれた用紙が返却された。

 意外とお茶目だ。


「久しぶりね、あの時のお嬢ちゃん」


 聞き覚えのある明快な声。


「あなたは……」

 

『お嬢ちゃんも負けないで!』――地獄でもなお光を失わないあの瞳を、忘れるはずがない。


「待合室で話したお姉さん!」


 檻の中で、一緒に悪魔の迎えを待っていた黒髪の東洋人らしき美女。

 彼女の変わらない笑顔に、胸を撫でおろした。

 

「なんだ、オレの契約者37564号と知り合いか?」

「番号で呼ばないでって言ってるでしょ!」


 ルシファーに肘を入れたお姉さんは、理世(みちよ)と名乗ってくれた。

 優秀な彼女は、魔役所のトップであるルシファーの仕事を支える立場にあるらしい。


「して、これは何のサインだったのだ?」

「ええと、それは……」


 赤い瞳をたぎらせているルシファーへ、顔を伏せたまま事情を話したところ。


「よし。そんなもの、さっさと終わらせてやろう」


「え?」と訊き返すと同時に、ルシファーは自分の喉へ鋭い爪を突き立てた。


『B3の全職員に命じる!』


 増幅した声が、フロア中に反響する。


『すぐに業務の手を止め、この紙に己の契約印を記せ!』

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