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永遠に

作者: coyuki

正直……恋とか愛とかよく分からん。どういうのが恋で、どっからが愛なのか。

ていうか、そもそも女自体が大嫌いだ。すぐ泣くし、すぐ騒ぐし、すぐ愚痴る。

直感的に動けて羨ましい限りだが、やっぱり嫌いだ。

そんな、良く言えばストイック、悪く言えば冴えない新高校2年生。それが俺だ。


「あんた今日始業式でしょ?そんなゆっくりしてていいの?」

朝、支度がすっかり整ってテレビをだらだら見てると、母が洗濯物片手に聞く。

「いーんだよ。汽車来るまで15分もあるし」

「あら?海宮の始業式って朝のSHR前じゃなかったっけ?」

……言われて、初めて気づいた。

自分は今完全遅刻してるのに、みの○んたの朝バズッをだらだら見てることに。


「あと3分で特急だな……くそっ。定期更新すんの忘れてたし。切符代自腹かよ。とか言って定期更新する時間もねーし……」

ありったけの力で走りながら駅へ。

切符窓口で乗車券と特急券を買った後、丁度出発するところだった特急列車にギリギリで駆け込んだ。

「ハー……危ね危ね」

新学期早々、遅刻欄に数字が入るところだった。


駅から下りて、自転車に乗ってマッハで学校へ。

ちなみに俺の脚力なら、学校まで30分はかかるところを10分で到着できる。

そして学校に着いた後、教室に向かって猛ダッシュした。

「ったく……なんで理系にしたんだろうな……」

2年生からは、文系と理系に分かれる。文系は2階、3階は用具が収納されていて理系は4階。

つまり、文系の奴らより理系所属の俺の方が教室到着まで時間がかかる、ということだ。


3つあるうちの2つの階段を登りきり、3つ目の階段へと繋がる廊下を走っていた時……

「うわっ」

何かがぶつかった。

「ごめんなさい。前見てなかったもんで……それじゃ」

ぶつかってきた奴は、一応謝ってまたダッシュを再開させた。

ふと足元を見ると……何か落ちている。生徒手帳だった。

城谷シロタニ……彩華アヤカ?」

女子にしては珍しい、太く濃い文字で書かれた名前……

それをポケットの中に入れ、俺もダッシュを再開させた。


「セーフだったなぁお前」

始業式の途中、後ろにいたダチの健太ケンタが小声で言う。

ああ、と俺も小声で返した。

「それよかさぁ、今日は新生徒会長の挨拶だろ?あの美人生徒会長の」

「は?生徒会長?多賀谷タガヤ先輩って人じゃなかったっけ、男子の」

「あ、そっか。お前生徒会選挙出てなかったもんなぁ、春休みの。しかも多賀谷先輩はもう卒業したよ」

海宮高校では、春休み中に生徒会選挙が行われる。

俺はすっかりそれを忘れてて、家族とディズニーシーとかに行ってたりしてた。

「ほら、あれが新生徒会長だよ」

健太が指差す方向には……名札が青、つまり俺と同級生の女子生徒がマイクを操作していた。

「は?なんで2年が生徒会長?普通3年じゃね?」

「まぁいーじゃん。相当美人だし?」

ヘラッと笑う健太。どうやらこいつは美人ならなんでもいいらしい。

ていうか大体、ここからじゃ遠くてぼやけた名札が見えるのがやっと。新生徒会長の顔なんか見れねーっつの。しかも今日メガネ忘れたし。

「……えー、みなさんおはようございます。春休みの生徒会選挙で新生徒会長に選ばれました、城谷彩華です」

ステージの上の新生徒会長はそう言う。

城谷彩華って……今朝のあいつじゃん。

「ひとつ学年があがることを自覚し、より一層の学力の向上を図り、そして明日新しく入ってくる新1年生の模範となるよう、しっかりと自分を見つめなおしてください」

声も……今朝の、他の女とは全く違う、媚を全く売らないサバサバとした声。

始業式の恒例のセリフでさえ、妙にリアルに聞こえる。


……これが、俺が初めて城谷彩華を知った日だった。


教室に帰り、飛び込んでくる女子からの挨拶の声を無視し席に着く。

ポケットの中に入っている生徒手帳を取り出した。

1ページ目に、氏名と年組と生年月日、血液型、出身中学校。1年B組、というのは去年のクラスらしい。

2ページ目には、顔写真が張ってあった。

……確かに、健太の言う通りの美人。かといって他の女のように化粧もしてないし、染髪もしてない。漆黒のストレート。

まるで、大和撫子みたいな……

「おい、なんでお前が生徒会長の生徒手帳持ってんの?しかも何気にうっとりしやがって……」

「うわっ……なんだ健太か。別にうっとりなんてしてねーよ」

「嘘つけ。この美人すぎる顔見て見惚れねー方がおかしーし!」

健太は前の席の奴のイスを借りて座る。

どうやって手に入れたんだよ?と聞かれたので、今朝のことを話した。

「ちゃんと返せよ~?あ、まさかその顔写真を引き伸ばして部屋に飾ろうってのか!?」

「そんな変態じみたことするわけねーだろ。時間ねーから放課後あたりにでも返しに行くよ」

そう言って、生徒手帳を閉じてポケットの中に戻した。


放課後、健太に言った通り2階のA組に向かう。(ちなみにクラスは健太が教えてくれた)

文系は4クラス(A・B・C・D組)理系は2クラス(E・F組)。俺はE組だ。

「……いない……」

A組に入ってみたものの、城谷彩華は不在の様子だった。

「よぉ。どうしたぁ?」

チームメイトのクスノキが声をかけてくる。

「城谷彩華って人、このクラス?」

「ああ、そーだよ。てかお前知らねーのかよ?どこまでも女に興味ねー奴だなぁ!」

「ふーん。じゃあ3階あたりか。ありがとな」

楠の言葉の6割は無視し、A組を後にした。


衝突したのも3階だったし、3階にいそうな気がしてひとつひとつ教室をまわってみる。

3つ目の教室……つまり生徒会議室に、奴はいた。

「城谷彩華?」

「え?」

もの入れの下にイスを置き、あまり高くない身長で背伸びをしてもの入れの上にある荷物を取ろうとしている。

「これ、今朝落としてった生徒手帳」

「ああ、ありがと。探してたんだ。そこ置いとって」

指差された机の上に手帳を置いた。

城谷彩華はまだ、背伸びと手伸ばしを続けている。

「取ったげよっか?」

見るに見かねてそう言ったのに……

「いや、いい。人に頼るの嫌いなんだ」

「ったく……俺が女子を手伝おうなんて年に1回あるかないかなのに」

あっさりと断りやがった。

「しかもそのイス、結構脚サビてんぞ。ヘタしたら壊れるぞ」

「大丈夫よ。サビてる方が強度が高……きゃっ」

ぐらついていたイスの脚はとうとう1本に亀裂が入り、ボキッと折れる。

城谷彩華の傾いた体の下に入り込み、そいつの体を支えた。

「ほら、言わんこっちゃない」

「……私の体重が増えたのかな……」

そういう問題じゃないって。

そいつをイスから下ろすと、今度は俺が背伸びと手伸ばしをやってもの入れの上の荷物を取ろうとする。

荷物の感触があって、それを下ろした。

「はいどーぞ」

「……どーも」

その言い方には、可愛げも何もなかった。


「そういえば、あなたの名前は?」

「……涼太郎。杉浦涼太郎スギウラリョウタロウ

「へぇ。長い名前ね」

「よく言われる」

今、俺は出されたコーヒーを飲んでいる。

城谷彩華は、このコーヒーを「お礼」と言って差し出してきた。

「だからダチはみんな、省略して涼とか太郎とかって呼んでる」

「ふふっ。太郎って、全く別の名前になってるじゃん」

微笑んだその顔も、驚くほど綺麗だった。

……後になって思ったけど、俺が女子のことを綺麗だとか美人だとか思ったのは、城谷彩華だけだったのかもしれない。

「あんたは?」

「私は普通に彩華って呼ばれてる。省略しようがないもの」

そう言った直後、城谷彩華は「まさか私の本名知らないってわけじゃないよね?」と聞いてきたので「いくら俺でも生徒会長の名前ぐらいは知ってるよ」と答えた。


「あ、もう下校時間」

腕時計を見て気づく。

「あ、ほんと……」

時間が経つのも忘れて、俺らは会話を交わしていた。

女子とこんなに会話が続いたことは……まずなかった。ていうか会話しようとさえしなかった。

「また明日も来れる?」

「来れるけど……」

「よかった。なんか私、あなたのこと気に入っちゃったみたい」

差し込んでくる西日に負けないくらい、眩しい笑顔を城谷彩華は見せた。


それから、放課後は生徒会議室で下校時間まで城谷彩華と会話することが恒例となり、俺の楽しみのひとつともなった。

俺らが恋人同士になることも、時間の問題だった。


―――……


時は経ち、高校3年生の季節が巡ってきた。

彩華はまた、生徒会長に当選。異例の2年連続生徒会長になった。

2学期の文化祭準備で、俺らには会える時間が少なくなっていた。(この時代には文化祭が2学期の10月にあった)

何を隠そう、俺と彩華、2人とも文化祭の実行委員になってしまったのだから。

しかもクラスが別々だったから、一緒に準備……なんてこともなかった。

でも文化祭当日は、2人でいろいろな所をまわった。

展示、カフェ、劇……―――2人で過ごした、最後の文化祭。


「涼太郎、なんかジンクス作ろーよ」

「は?ジンクス?」

文化祭の2日目が幕を閉じた夕方、俺の教室で俺と彩華は机の上に座り、彩華は脚をぶらぶらさせながらそんな提案をしてくる。

この時の彩華は、急激に背が伸びて……机に座っているのに床に足がつきそうなくらいだった。(彩華はこの急成長を「高度経済成長」をもじって「高度身長成長」と呼んでいる)

「そうねぇ……文化祭の2日目の西日が差す教室でキスした男女は永遠に結ばれる、っていうのは?」

「永遠?んなもんあんの?」

「あるんじゃない?」

ぶらぶらさせてた脚を揃え、彩華は床に足をつける。

その足を見ていた俺がふと顔を上げると……顎が持ち上げられ、キスをされた。


「……ジンクス成立」

彩華は唇を離し、そう呟く。

目を開けると……視界の端から、西日が流れ込んでくる。

「永遠に結ばれる……か」

本当にそうだったらいいな。

心の中でそう呟いて、立ち上がり……目が合った彩華を抱きしめた。


――――――…………


それから、俺と彩華は別々の大学に進学。

俺は幼い頃からの夢だった海上自衛隊になり、彩華はなんと刑事になった。

そして俺らは結婚し、翌年には沙彩を授かって……2009年の大晦日の今に至る。


「なんでお父さんは海上自衛隊になったの?」

年越し蕎麦を食べている時、沙彩がそう聞いてきた。

「お母さんのこと好きだったらさ、年に3回ぐらいしか会えない仕事選んだっても意味ないじゃん。ほら、お母さんと同じ刑事とかさ。考えなかったの?」

「まぁ確かに、俺らは他の夫婦に比べちゃあかなり会ってないよ。けど、その分高校の時は他のカップルよりたくさん会ったんだ。なぁ彩華」

「ええ。必要以上にね」

台所で洗い物をしていた彩華は、振り向いて答える。

「それに、海上自衛隊は俺がチビの頃からずっと憧れてたんだ。人間、好きなことして好きな人と一緒にいて好きな人生送るのがいちばん幸せなんだよ。分かるか?沙彩」

「ごめん、全く」

沙彩は「何クサいこと言ってんの、このオッサン」っていう感じで苦笑いを返し、蕎麦をすすった。

「それに、年に数回しか会えなくても、ちゃんとお父さんとお母さんは心で繋がってるの。心で繋がってるんなら、会う数なんてなくても平気よ」

「……へーえ」

手をふきながら、彩華が俺の隣に座った。

彩華の顔は、40代に見えないほど今でも美しい。

本当に、あの高校時代の顔のまま成長したかのように。

「ふあ……そろそろ寝るわ、私。明日9時から初詣でいいんだよね?おやすみ」

さすがに眠気に勝てなかったのか……沙彩は自室に帰っていった。


「沙彩も……私たちみたいな恋、するのかしら」

「するんじゃない?だって俺らの子供だし」

彩華の声も顔も、睡魔と闘っているようだった。

「ん~……私も眠いわ……数時間しか昨日寝てなかった……し……それに……」

言葉を言い終える前に、彩華の瞼はおりて、頭は俺の肩に預けられる。

小さな寝息をたて、彩華は夢の世界に入って行った。

「……ありがとな、彩華」

気持ちよさそうに眠る彩華の頭を、そっと撫でた。

愛してる、と心の中で伝えながら。


ありがとな、彩華。

俺に恋や愛を教えてくれて。

出逢ってくれて、ありがとな。




「海と想いと君と」アナザーストーリー、いかがでしたか?

本編で数回登場した沙彩の両親の高校時代の物語を書いてみました。

よく分からない2人ですが、きっと大きな愛があるのでしょう。

そんな相手に巡り会いたい作者、coyuki。

……うーん、きっとないだろうなぁ(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今までの短編で1番の驚き! ジンクス作ったのこの人たちなんだ~ って驚いたら子供の名前が沙綾という(笑) 夜中で頭がふわってしてたから名前で両親って気づかなかったからよかった★ 良い点は面…
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