すべてはAの仕業です
「ねーねー知ってるー?」
クラスメイトの噂好きなコが言う。
「なになにー?」
私の前の席のコが乗ってくる。
「隣のクラスのAに言ってたらしいんだけどさー」
「えー? あいつ嘘ばっかつくじゃん」
「だよねー」
「それがさー、これだけはホントの話なんだって。誰にも言っちゃダメだって言われたんだけどさ、気にならない?」
「えー? なるなるー」
「だよねー。だからトクベツにさー、ここでだけ教えてあげるね!」
「……やめなよ!」
私は咄嗟に声を上げてしまった。
「え……?」
「なーに委員長?」
「本当かどうかも分からない噂を言いふらすの、良くないと思う」
「……ぷっ」
「あはははははははははは」
「やーだ委員長、真面目ぶっちゃってー」
「ふっ……! ふざけないで!」
「だってぇ~あのAじゃん?」
「ホントなわけないって~」
「え……だって、今、これだけはホントの話だって……」
「そういう振りに決まってるじゃ~ん。盛 り 上 が る た め の」
「あっはは! 委員長マジになっちゃって。おっかし~」
「か、からかわないでっ! そういう話は……怖いのよっ?」
「え~?」
「火の無いところに煙は立たないって言うでしょ? ウソだウソだって言っても、何割かは真実が混ざってるの。だから、迂闊にベラベラ喋るの、やめたほうがいいわ。呼ばれるわよ」
「マジ~? あのAの話に真実が混ざってるって~ウケる~。」
「ってゆーか、『本当かどうかもわからない』とか『何割か真実混ざってる』とか、委員長もAのことちっとも信用してないじゃん」
「ほんとそれ~」
「そ、それは言葉のあやでっ......!」
「さっきも職員室の前で立ってたよねA。あれ立たされてたのかなー」
「だったらヤバいよね! 今週3回目じゃない!?」
「ヤバっ! 年間100回目指せなくない!?」
「もうっ! いい加減にしな――っ」
チャイムが鳴る。
せっかくいいところだったのに~と頬を膨らませて、噂好きのクラスメイトはいそいそと席に着く。
私も自分の机の引き出しから教科書やノートやらを出す。
噂なんて聞いてはいけない。
◇
放課後。
さっき話しそびれたクラスメイトに、何を話すつもりだったのか尋ねる。
「なーんだ、委員長やっぱ気になってんじゃん」
「そ、そういうわけじゃ……」
「隠さなくたっていいんだよ、委員長だって人間なんだもん。噂話って気になるよねー。トクベツに教えてあげる! ……あのね、旧校舎一階の窓ガラス割ったの、Aなんだって」
「え――」
「やばいよね。先月家庭科室でボヤがあったのも、去年音楽室のピアノの調律狂ってたのもAだって言うし~」
「え? そ、そうなの?」
「Aがそう言ってたって話だよ」
そんなはずがなかった。
だってあれは……。
「誰から聞いたの? それ?」
「ええと、たしか……」
聞いたという相手に話を聞きに行く。
五人、十人当たっても、誰もが口を揃えて言う。
「Aが言ってたって聞いたよ」
皆、人づてなのだ。
Aから直接聞いたとは誰も言わない。
ならばAから直接話を聞こう――放課後、隣の教室に顔を出したが、既にAは帰ったという。
翌日。朝から教室前の廊下で待ち構えていたのに予鈴が鳴ってもAは来なかった。
休みかと思ったけれど、次に覗いたときには居た。
談笑している輪の中にいて、笑っている。
呼びたかったけれど、体育の移動で時間が無かった。
体育終えて戻ると、廊下にAは居たけど、私が辿り着く直前に連れ立って行ってしまった。
昼休み、例のうわさ好きのクラスメイトが寄ってきた。
「ねーね委員長、また聞きたい?」
「なにが……? ってまさか」
「勘がいいね~。新着情報!」
体育倉庫にある、バレーボールのネットがズタズタに引き裂かれていたらしい。
どうしてAがやったことに……。あれは……。
食べかけのお弁当を置いたまま、隣の教室へ駆ける。
「あれ? 隣の委員長じゃん。どうしたのー? 混ざるー?」
ドアの傍で輪になって居た、Aを含んだ十人近くのグループに声を掛けられる。
うちのクラスからも二人ほどいるから、何でもないふりをして話に混ざった。
さりげなくAの隣に行き、話しかけるタイミングを窺う。
一人ずつ他愛もない失敗談を披露し、私も含め笑う。
しばらくして違和感を感じた。
隣にいるはずのAの笑い声が聞こえない。
私も話す。
自転車で段差越えられなくて転んでパンツ丸出しになった話。
結構みんな知ってる鉄板ネタだけど大爆笑が起こる。
隣のAもお腹を抱えて大笑いしているのに、声が聞こえない。
時計回りに進んでいたから、次はAの番……と、ここで予鈴が鳴ってお開き。
「また放課後に」となったので放課後顔を出すけど、既に別の子が話していて、Aは話し終えたという。
今度こそ声を掛けようと隣に行くが、いざ話かけようとするともう居ない。
連絡先を訊こうと思っても、A本人に聞けないばかりか、輪になっていたメンバーも誰も知らない。
そこに居るのに触れられない。
Aにまつわる逸話ばかりが増えていく。
フラスコ割った犯人。
花壇を荒らした犯人。
タバコの吸い殻の犯人。
万引きの犯人。
目撃証言が無いのに、全てがAの行いになっていく。
やめて。
そんなはずない。
「Aっぽいよねー」
「Aならやるよねー」
やめて、どうして。
一度もAが話しているところを見ていない。
なのにいつの間にか「Aがやったと言っていたらしいと人づてに聞いた」と誰もが言う。
どうして。
なんで。
「Aしかいないよねー」
「Aならやりそう~」
「わかる~。Aっぽい!」
職員室前でいつも叱られているはずなのに、気付けばAは輪の中で笑っている。
「委員長は絶対そんなことしないよね~」
やめて。
やったのは全部わたしなのに……!
【真面目で優秀な委員長】
そんな先入観を壊したくて毎日のように行動しているのに、いつも【Aがやった】にすり替わる。
やめてよ。
どうして誰も私を見てくれないの?
【真面目で優秀】なんてカタブツもう止めたい。
お願い。
だれか……。
誰か、気付いてよ……!
【ワ タ シ ダ ケ ハ、 シ ッ テ ル ヨ ……? 委 員 長 ノ、本 当 ノ ス ガ タ……】