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奇跡の後にあるものは

作者: 並木沙知子

「藍璃!」

そう呼ばれた直後に私を襲った衝撃。

キキィーッというブレーキ音。

周りからのざわざわとした声。

その声を聞きながら、私の意識は薄れて消えた。









「藍璃!…あい…り…っ。」

わかってる。

藍璃が死んだなんていうことは知っている。

けど、認めたくなかった。

何時間か前には一緒に遊んで笑いあったあの藍璃が、死んだ。

生きている藍璃を最後に見たのも、車に轢かれた藍璃を見たのも私。

だから知っている。けど、信じられなかった。


「優子、もう帰りましょ?」

「…わかった。」

何時間も待っていてくれた母さんは、優しいと思う。

でも寂しくて、悔しかった。

あの事故を防げなかったことが。

あの時、どうしてもっと長くプールにいなかったのか。

あの時、どうしてもっとゆっくり歩かなかったのか。

どうして…私はあの事故を防げなかったのか。

自分を責めたって過去は変わらない。けど、そう思わずにはいられなかった。

私の家に帰る足取りは重かった。



家にあったテニスラケット。明日は部活で使うのに、急に折ってしまいたくなった。

藍璃とおそろいのテニスラケットやキーホルダー。藍璃と撮った写真やプリクラ。

全て、捨ててしまいたかった。全てを忘れて、全て無かったことにしたかった。

『親友だね』そう言って笑いあったことを思い出す。

藍璃を思い出すと、涙が出てきた。



藍璃が死んで、初めての部活。

今日は、みんな動揺してた。

「大丈夫?」とか声をかけてくれた。

けど、2日、3日たつたびにどんどん藍璃のいない部活にみんな慣れていった。

そして、その中に私だっていた。

つまり、私も藍璃のいない生活の中に溶け込んでいったのだ。

人間って、そんなものなのだと悟った。

――私もそうなのだと思った。『親友だね』と言っていた日々を生々しく思い出した。



横断歩道を歩くのが怖い。

特に、友達と歩くのがもっと怖い。

友達がまた、事故で死んでしまいそうで本当に怖かった。

助けて…助けて…。

あの事故以来、笑えなくなった。

あの事故以来、悪夢を見るようになった。

夢を見るたび、あの事故の場面が鮮明に蘇る。

もう逃げられない…事故の恐怖から。



大切な試合が明日に迫っている。

笑えなくても、悪夢を見ても、練習だけはそれを忘れる為に必死にやったからテニスはうまくなった。

中三なのもあって、引退前の大切な試合に出れるようになった。

でも、明日は藍璃の命日。

だからできれば藍璃のお墓参りに行きたかった。



「日野、がんばれ。」

顧問の応援を背に、私はコートに入った。


「試合開始!」

審判の元気な声。

「お願いします!」

明るい挨拶。


相手とは同じくらいの実力だった。

一点取られたと思ったら、一点また取り返す。

そんなことが続いて、ついにマッチポイント。


一球入魂とでも言うかのように、相手は強いサーブを打ってくる。

そして私はそのサーブをぎりぎり打ち返した。

ラリーが続き、疲れた頃に相手は今私のいる場所から遠い場所にボールを打ってきた。

(間に合うかな…?)なんて思いながら、私は思いっきり地面を蹴った。

そのときに吹いた一陣の風。

『腕をもう少し上に!』

そんな声を私は聞いた。

だから私はその声にしたがって腕を少し上げた。

その直後に聞こえてきたパコンッというラケットにボールが当たるいい音。

でも、私は思った。

あの声は、確かに藍璃の声だった。


「勝者、日野優子!」

その瞬間、私は空を見上げた。

(今日は命日だからね…。藍璃、ありがとう。)

そして、私の顔に一年ぶりの笑顔が浮かんだ。



奇跡の後にあるものは…笑顔。

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