煙管探偵に騙されないで
「いやぁ……しかしいつにも増して中村ちあき先生は気合が入っていますなぁ」
金箔がほどこされた帯を指し、丸山は「恐れ入った」と言葉にするより感心の吐息を漏らした。
中村ちあき。
純文学で活躍している小説家であり、圧倒的カリスマ性で一部妄信的信者に「神」と崇められている人物だ。
丸山は信者の一人ではないが、中村のペン先から紡がれる物語の一ファンであった。
妄信的な信者が発生する理由に常時和装というのもあるだろう。“文豪”の雰囲気を更に醸し出し、本好きの世界観にあった“作家性”に魅了で狂わせるのだ。
「帯だけならまだしも、剣山野百合にデザインを頼んだそうですよ」
隣でしげしげと眺めていた三角がぼそりと爆弾を落とした。
丸山は胴体から頭が取れてしまう勢いで、ぐるんと振りかぶった。
「剣山野百合だって? 世界的有名な服飾デザイナーじゃないか! 彼女は相当人を選り好みで仕事をするって話を俺は聞いたことがあるぞ」
「中村先生の大ファンだそうです。今回の依頼も二つ返事で了承されたとか」
黒地に鮮やかな薔薇を咲かせ、茨の蔓を蔦わせた着物をまじまじと見つめた。
着飾った姿は相応しい優雅さを兼ね備え、美しい横顔で煙管を寛美にふかせている。
昇る煙をぼんやりと眺める様が、魅入ってしまうほどの妖艶を醸し出していた。
──圧巻だ。流石は中村先生。
「俄然やる気が出てきたな。よし三角! 俺たちも中村先生に恥じないように職務を全うするぞ! さっさとサイン会の準備をしないとなぁ!」
「気合入れすぎですよ、丸山さん。サイン会まで二時間もあるし、先生だって会場に到着してないのに」
三角は並べられた中村ちあき新刊『煙管探偵』を再度手にとって眺めた。
美しい女性が描かれたハードカバー製本に、金箔の帯がしっとりと巻かれている。
中村兄弟の弟であるちはるが「才能に嫉妬で狂う」とコメントしてある。
「先生はカリスマだからな。男の憧れだ」
得意気な丸山が振り返って笑った。