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異国の女性

 結果的に女性は一命を取り留めた。

 しかしまだ目を覚ましてはいない。

 現在は万が一があってはならないので、腕のいい医者をかかりっきりで付けている。


「アリス様?」


 システルがアリスの執務室に赴くと室内に姿は見当たらなかった。しかしシステルとアリスの付き合いは長い。こういう時、どういう行動をするかをシステルはよくわかっていた。


 システルは椅子にかかっていた上着を手に取るとバルコニーに出た。


「冷えますよ」


 物憂げな視線で月を眺めていたアリスに手に持つ上着を掛ける。


「何を考えているのですか?」

「……私は民のためにがんばってきた」

「知っています」


 当然だ。システルは民のために戦うアリスを常に見てきた。

 

「そもそも私はペンを握るより剣を握る方が性に合っている」

「知っています」


 それもまた当然だ。アリスは我の強い十皇たちをその武力でまとめ上げた傑物なのだ。それをよく知っている。

 

「何を間違えたのだろうか」

「間違えてなどおりません」

「……では!」


 アリスの視線がシステルを射抜く。その視線は悔しそうだった。システルは「アリス様らしいな」と思った。

 アリスは根っからの負けず嫌いなのだ。システルはそれをよくわかっている。


「ではなぜ我が民があのような格好をしている! なぜあのように傷付いている!」


 全て完璧でなければいけない。アリスはそう考える節がある。それはアリスの長所でもあり欠点でもあるとシステルは考える。


「それは彼女に聞いてみないとわかりません。それでアリス様が間違えていたのならばそこから学びましょう。いつもそうしてきたではないですか」

「……システルが偉そうに」


 アリスはボソリと呟くと執務室へと戻っていった。システルは何も言わずにその背を追う。


「夜中でもあの者が起きたら起こせ。医者にもそう伝えろ」

「かしこまりました」


 寝室へと消えていくアリスを見つめながらシステルは恭しく頭を下げた。

 それから女性が目を覚ましたのは三日後の朝だった。




 医者から連絡が入りアリスとシステルはすぐに駆けつけた。

 女性はアリスとシステルをあわてて見るとベットから降り、膝をついた。


「████████████」

「ん?」


 その女性の発した言語は大陸で使われているものとは異なっていた。

 女性も不思議そうにアリスを見ている。

 そのとき席を外していた医者が戻ってきた。


「これはアリス様。おはようございます。この者、私たちと扱う言語が違うようなのです」

「なるほど。システル」

「はい。『天は理解を妨げる壁を許さず』」


 システルは目を閉じると人差し指を口に当て呪文を詠唱した。

 術者が認識している人物の言語による壁を無くす言語理解の魔術だ。

 

「私の言葉はわかりますか?」

『……! はい! わかります!』

「私の名はシステル。貴女は?」

『ニナと申します。この度はお救い頂きありがとうございます』

「お礼は我が主に」


 ニナと名乗った女性はアリスに向き直ると深く頭を下げた。

 

『この度はお救い頂きありがとうございます』

「構わん」

『あの……失礼を承知でお聞きしたいんですが、貴族の方でいらっしゃいますか?』

「やはりしらないのですね。この方はゼロエス帝国皇帝【混沌皇】アリス=ゼロエス様です」

『こう……てい?』


 ニナは目を見開くと床に頭を擦り付け平伏した。それだけならば皇に拝謁した民と同じ反応だ。しかしニナは全身を震わせていた。それも尋常ではなく。

 その光景ははっきり言って異常だった。

 その姿はまるで死刑を待つ罪人だ。


 アリスとシステルは目を細める。


『これは! 大変失礼致しました! 重ね重ね失礼かと思いますが、一つお願いしてもよろしいでしょうか? その後であればこの身はどうなっても構いません』


 その言葉にシステルが顔を顰めた。


「せっかく助けた命を無駄にされるのはアリス様も本意ではありません」

「よい。それほどの覚悟ならば言ってみろ」


 アリスは憮然と言い放つ。そしてニナは涙を流しながら懇願した。

 

『我らをお救いください……!』


 アリスの眉がぴくりと動く。システルも眉を顰めている。

 二人とも嫌な予感がしていた。できるならこの先の言葉を聞きたくない。

 しかし、彼女らは皇と臣下だ。

 目の前の女性は自国の民ではない。それは言葉が通じぬことからも明らかだ。

 しかし彼女が齎す情報によって自国の民に危険が迫っているならば、それを解決する義務がある。

 システルは主であるアリスの言葉を代弁した。

 

「何からですか?」

『王と……魔物です』


 アリスとシステルの予感は的中してしまった。


「王と……魔物? おいニナ。魔物というのはなんだ? まさか黒いドームまであるとは言うまいな?」


 アリスの剣幕にニナが萎縮した。殺気が漏れ出て入り口に立っていた医者が腰を抜かす。


「アリス様。殺気が漏れています」


 システルが嗜めるとアリスは惨状に気付き素直に謝った。

 

「……すまない。……ニナ。私に教えてくれないか? 黒いドームはあるのか?」

『……黒いドームとは魔界の事でしょうか?』


 ニナの一言にアリスは苦虫を噛み潰したような顔になった。システルも同様だ。端正な顔を歪めている。


「……ある……のか。なんて事だ」


 アリスは天を仰ぐ。世界は救われてなどいなかった。まだ悪夢は続いている。

 

「魔界と……そう呼ぶのか。私達は終域と呼んでいる」


 アリスの言葉にニナの顔が蒼白になり絶望に染まる。


『そん……な。……こちらにもあるのですか?』

「正確には()()()だ。この大陸にあったものは私と仲間たちが滅ぼした」

『ほろぼ……した?』


 ニナはアリスの言葉を反芻するように呟く。すると瞳に一条の光が宿った。


『ほんとう……ですか?』

「真実だ」

『滅ぼす事が……できるのですね』


 ニナの瞳から涙が溢れ出す。それは希望の涙だった。

 しかしアリスはニナの言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「待て。お前たちは戦わなかったのか?」


 戦い、バケモノを撃退すれば少しずつ終域は縮小していく。そうなれば滅ぼすという選択肢が出てくる。

 しかしその選択肢がなかったというのなら、戦わなかったか、戦えなかったのかのどちらかだ。

 

 ニナが顔を曇らせ視線を下げる。そうして自身の置かれた窮状をぽつりぽつりと話しだした。


『私達の国は正直に申しますと腐っておりました。民は高い税に苦しみ、王族は私利私欲の為に民を虐げています。端的に言うならば民は王族の奴隷だったのです』

「なんだと?」


 アリスの言葉に怒気が宿る。ニナが話す王族がアリスの理想とかけ離れすぎていた。

 アリスとシステルはニナが王という存在にあれだけ怯えていた理由がわかった。


『彼らは魔界が出現した途端、城に閉じこもりました。その結果、すべての国は王都以外が滅びました』

「バカな。そのようなことをすればジリ貧になる。それが王の判断か!?」


 アリスたちの住む大陸にも情けない事に少なからずそういう行動に出た国はあった。しかしその結果、待つのは滅びだ。

 人類が生きるには食糧が必要不可欠。城に閉じこもっているだけでは食糧などすぐに底を尽いてしまう。


『しかしそうはならなかったのです。今もなお王都は存続しています』

「なぜだ」

『わかりません。一応、戦えるもので反乱軍を組織したのですが城に侵入した同志は帰ってきませんでした』

「そうか……」

『私達は魔物から隠れ潜み、解決策を探りました。以前にもこのような事態が起きていないのかと考え古代の遺跡を調べたのです。その過程で海の向こうに別の大陸があると知りました。私たちは長い年月を掛けて少しずつ船を作りました。そうして同志百名と共に旅立ち、辿り着いたのは私だけのようです』

「……」


 アリスは言葉が出なかった。

 ニナは、ニナの同志は屈辱に耐え、辛酸を舐めながらもしぶとく生きながらえ一条の希望を見つけ、勝算の低い賭けに出た。

 そうしてわずか一人がたどり着いたのだ。


『お願いします。私たちをお救いください』


 ニナは再度平伏しこうべを垂れる。

 

 アリスは考える。

 ただニナたち他国の民を救うだけならば皇帝である自分は動けない。動いてはいけない。それは自国の民を蔑ろにしている事と同義だからだ。

 

 しかし、救ったと思っていた世界は救われてなどいなかった。

 

 終域は未だ存在し、その範囲を拡大している。いつの日か海を超え、この大陸に魔の手を伸ばしてもおかしくはない。いや手をこまねいていれば必ずそうなると断言できる。

 海の向こうの大陸には自分たちのように戦える人間が残っていないのだから。

 ならば答えは一つ。


「私、私たち十皇は世界を救う。十皇会議だ。十皇を聖地アストランデに召集しろ」


 その言葉にニナは安堵の笑みを浮かべ、システルは恭しく頭を下げた。


「かしこまりました」

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