「もう○○は死んだんですよ」
帰りの電車は、その日も混んでいる。
ターミナル駅からどっと乗り込んできた乗客たちに押されるようにして、車両の中ほどに立つ。
ほとんどの乗客が自分のスマホを覗き込んでいる中で、目の前の座席に座る二人連れの女性客だけが、ぽそりぽそりと話しているのが、いやに耳につく。
「だから、○○さんがいればいいのよ」
「そうですよね、○○さんだったら大丈夫だったのに」
若いのか、それとももうそれなりに年をとっているのか。服装からも顔からも、よく判別の付かない二人だ。
繰り返し二人の話の中に出てくる○○という名前には全く聞き覚えはないが、なぜか心の中には、その○○というのはもう死んだ人間だ、という確信がある。
「○○さん、今はどこでどうしてらっしゃるのかしらね」
「そうですね、○○さんのことだからきっとお元気でしょうけど」
いや、○○ならとっくに死んだだろうが。
二人の呑気な会話に堪えきれなくなり、おかしな人間だと思われるのは承知で、口を挟む。
「○○さんなら、亡くなりましたよ」
だが、ちょうどそれに合わせるように電車が大きな音を立ててブレーキをかける。
「え?」
そのせいで聞き取れなかったらしい二人が、こちらを見上げてくる。
「何ですか?」
「いや、だから」
もう一度同じ言葉を繰り返す煩わしさよりも、○○は死んだのだという厳然たる事実をこの二人に告げなければならない使命感のほうが勝る。
「○○さんは、亡くなりました」
「え?」
今の言葉ははっきりと聞き取れたはずだが、二人はやはり眉間にしわを寄せてこちらを見ている。
「何ですか?」
「○○さんは、亡くなったんですよ」
「は?」
「ですから○○さんは亡くなったんです」
「何ですか?」
「だから」
急激に、怒りに似た感情に支配される。
そんなに聞こえないのなら、聞こえるように言ってやる。
「だから!」
噛み付くように叫ぶ。
「もう○○は、死んだんですよ!!」
自分の大声で目が覚めた。
いつもの万年床。
耳が痛くなるような静けさ。
夜明けはまだ遠い。
死んだと叫んだ○○という名が、紛れもない自分の名前であることに気付く。