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運星奇譚  作者: 綾呑
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二十一話 出入り

 屋敷へ戻るなり、優斎は菊花に飛びつかれた。なんとか支えたが、確実に背中から腰にかけて衝撃を受けている。


「どうしたの? 菊花。いつにもまして力が強いけど、なにか怖いことでもあったの?」

「さっき、すごく吹雪いてたんだよ! ほんとに視界が真っ白になっちゃうくらい! もしかしたら優斎と入道様が遭難しちゃうんじゃないかって、伊織と心配してたの」


 冬枝夫妻の事故の話を聞いたからか、余計に怖くなってしまったのだと横から伊織が補足してくれた。


「こっちは吹雪いてなんかなかったけど……そういえば、時丸は?」

「まだ帰ってきていません。さあ、談話室は好きにしてくれて構わないと仰せつかっていますので、そちらで温まりましょう」


 例の絵画がなくなった談話室は少し寂しく感じた。


「時丸、大丈夫かな? あの絵を返しに行くって言ってたけど、一人で大丈夫かな?」

「時丸も立派な武士ですから、そんなに心配してはむしろ失礼ですよ。信じて待っていなさい」


 伊織にたしなめられ、菊花はしゅんとして茶をすすった。


「ねえ、優斎。ここで怪異が起きてるってほんと? 使用人たちが話してるの聞いちゃった」

「うん、本当だよ。けどもう解決しそうだから大丈夫だよ。俺ができることは全てしたから」

「そっか! 優斎がそう言うなら安心だね! あーあ、時丸早く帰ってこないかなー」


 菊花がいつもの調子を取り戻していると、扉がこんこんと叩かれた。


「失礼します。伊織様、少しよろしいでしょうか」

「僕ですか?」

「はい。お客様がお見えになられています」


 三人は顔を見合わせた。ここは冬柴の屋敷なわけで、伊織に入用とはどういうことだろうか。


「確認させていただきますが、時丸にではなく僕に、ですか?」

「時丸様が不在の旨を伝えたところ、武士がいれば誰でもいいとの仰せです」

「僕は武士ではありますが、ここは北都ですので僕の領分ではないのですが。そんな不躾なことを言うのはいったい誰でしょうか」

「春芽の筋の者と言えばわかるとおっしゃっていました」


 名前を聞いて伊織の顔色が曇り、即座に腰を上げた。


 不安げに見つめる優斎と菊花に、伊織はいつもの穏やかな笑みを向ける。


「すみません。身内でしたので、少し話をしてきます」


 伊織までもがいなくなってしまい、しばらくしてから菊花が重たい口を開いた。


「なんか、武士の出入りが多いね」

「時丸が、来客が多いって言ってたけど武士たちのことだったんだね。王都でなにか問題でも起きてるのかな?」

「んー、最近の父上は頭を抱えてなかったけどなー。伊織もたまに難しい顔してなにか考えてることがあるし、いやな感じー」


 大きく肩をすくめた菊花は背もたれに体を預けた。


 菊花の父親である宰相が悩んでいないとなると、武士たちの間で内々と処理されている事案なのかもしれない。極悪人が出たとか不祥事があったとか、考えうる可能性などいくらでもある。


「まあ、俺たちに関わることだったら、きっと伊織や時丸が教えてくれるよ」

「そうだね。暗いこと考えるのなんてやめやめ! そうだ。入道様の髪の結い方と簪のつけ方、練習しよ!」

「む、今か?」

「そうだよ、入道様! 怪異が解決するなら、優斎はもうすぐ帰っちゃうんでしょ? いい加減覚えてくれないと、今度は南都に行くことになっちゃうよ! 南都は暑いから苦手ー」


 辛気臭い雰囲気から一転、菊花はすっかり気持ちを切り替えたようだ。しかも、せっかく綺麗に結んだ髪を了承なくほどいていた。たまに菊花は入道のことを神様だと忘れているような気がし、優斎は少し心配になる。


「優斎、ちゃんと聞いてる? 見てる?」

「うん、聞いてるし見てるよ。菊花は本当に器用だね」

「そうだよ! これも自分でやってるのー」


 菊花は嬉しそうに三つ編みを揺らした。


「おい。手が止まっているぞ」

「はいはーい!」


 それから優斎と菊花は結ってはほどいてを繰り返し、とうとう入道が痺れを切らすまで練習した。傍から見れば不敬極まりないだろうが、二人は時間を忘れて没頭していた。


「戻ってたのか」


 入道の機嫌を取っていると、時丸が顔を覗かせた。


「時丸! おかえり、どうだった?」

「ああ、うん。菊花、少し席を外してくれ。優斎と大事な話をしないと」

「仕方ないなー。ね、入道様! 私と一緒にお茶のおかわり貰いに行こー」

「いいだろう」


 入道が気を利かしてくれ、時丸は今まで菊花が座っていた優斎の隣に腰を下ろした。


「結論から。旦那と話をしてきたが、しばらく絵画は物置にしまっておくそうだ。自画像と隣り合わせで飾ってくれてはいるが」


 時丸が真摯になって包み隠さず真実を伝えると、冬枝は酷く取り乱したそうだ。


「あとは旦那次第になるが、もし旦那があの絵画を手放すってなったら……優斎に燃やしてほしいんだ」

「燃やす?」

「ああ。正直、旦那の取り乱しようを見てたら引き取って飾る気にもならなくなった。人に望まれないのなら、一緒に燃やしてやったほうがあの絵画は幸せなんじゃないかと、思う」

「そうだね。俺も、腹を決めないといけない。それと冬枝様はまだ本調子じゃないよね? これからどうするの?」


 時丸の苦い顔が少しだけ柔らかくなる。


「そのことなんだが、医者に診てもらうことにした。情緒が不安定で危なっかしいから。俺もできるだけ支援はする」

「そっか。うん、それがいい。力になれることはあまりないかもしれないけど、俺にもできることがあったら言ってね」


 優斎が笑いかけると、時丸は目を伏せて頷いた。


「優斎がいてくれて、よかった」

「それが陰陽師の仕事だからね」

「違う。優斎だから、だ。優頼様だったらきっと、俺に委ねてはくれなかった。だから、本当に感謝してる。ありがとう」


 その言葉に、優斎は目頭が熱くなった。時丸からすればなんてことないただの謝意だ。それでも優斎の心は静かに沸々と、たしかに震えていた。


 お師匠と比べられるときはいつも、弟子という立場が重要視されていた。けれど今は、時丸は、他のなんでもない優斎という存在としてみてくれている。


「もし菊花と優斎を守らなければならないってなったら、俺は優斎を選ぶ」

「いやそこは迷わず菊花を選んでよ。俺は入道に守ってもらうから大丈夫」

「そういえば伊織はどこにいる?」


 時丸は談話室に伊織の姿がなかったことを、今さらながらに思い出す。


「聞いてない? 伊織なら、応接室かな? 春芽の筋の人が来たって使用人が呼びに来たんだ。武士なら誰でもいいってことで、時丸の代わりに伊織が話をしに行ったんだよ。まだ話してるかもね」

「聞いてない。それなら少し、行ってくる。こうも慌ただしくて悪い」

「ううん、気にしないで」


 にしても来客が多いな、とかなんとかぶつぶつと言いながら時丸は談話室を出ていった。

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