十二話 簪
「それで、質のいい鉄はあったの?」
「それよりも優斎がいたから」
鉄よりも優斎に興味が移ったらしい。
「よく俺だってわかったね」
優斎は頭が飛び出るほど背は高くない。むしろ男児にしては低いほうだ。各都から人が集まる王都では髪の色などあてにもならない。
「優斎だと思ったら、優斎だった」
「ほんとに時丸は目がいいね。俺も時丸ほど目がよかったら、困ってる人をすぐに見つけられるのに」
優斎はため息をつきかけた。
「目がよくても、俺は優斎みたいに困ってる人は助けないけど」
「そっか。俺はそうは思わないけどね。ところでまだ鉄は探す? 探すのなら一緒に回ろう」
「期待はしてないが、優斎が一緒なら回ってもいい。他に買いたいものは?」
「目についたものがあれば買っていこうかな。長居するつもりで出てきたわけではないから、時丸がよければこの通りだけを回りたいんだけど」
時丸は気兼ねなく頷き、宮廷までの距離を目測した。
最初は護衛のように後ろを歩いていた時丸だったが、優斎が呼びかけると肩を並べてくれた。
「あ」
優斎と時丸の声が重なり、二人は顔を見合わせた。
「ちょっと見てきてもいい? あのお店」
「俺も。あの店」
目的の店を互いに指さし、頷いてそれぞれの店へ足先を向けた。
「坊ちゃん、どんな簪をお探しかな?」
黒い着物を艶やかに着崩している店主が、簪を覗き込んだ優斎に流し目を送る。後宮の花と見紛うばかりの容貌を持つ男は、くわえていた煙管を離して灰を落とした。
「どんな……」
簪は小綺麗な平皿に並べられていたり洒落た容器にまとめられたりしていて、形状や飾りが様々でどれを手にすればいいか迷ってしまう。そもそも装飾品はおろか簪など気にも留めたことがないため、優斎なんかにどれがいいとかわかるわけもない。
「誰に渡したいのかな?」
「だ、誰って、なんで」
「ふふふ。これなんて坊ちゃんにも似合うだろうがね」
店主が優斎の髪に滑らすような手つきで簪を刺す。自身の頭に伸びている店主の手と簪が落ちないように支えられている感触に、優斎は怪訝な顔をした。
「そんな顔をされたら誰だって、自分にとは思わないだろうね」
軸の端には布でできた小さな花で花束が作られ、そこから散るように花弁があしらわれているような簪。見るからに女物で、優斎よりも店主のほうがよく似合う代物だ。
「これはつまみ簪といってね。北都で生産されている絹布を使っていて手触りも最高なんだよ。触ってみるかい?」
そっと差し出された簪に優斎がぶんぶんと首を横に振ると、店主は苦笑いを浮かべた。
「少しからかいすぎてしまったようだね」
「もっと、簡素なものでいいんだ。飾り気のない……」
「へえ」
説明の途中で店主が意味深に目を細め、優斎は急に恥ずかしくなって黙ってしまった。
「その人とはどんな関係なのかな」
「……家族、とか。いや違う。相棒、友人? とか、でもなくて……けど」
「けど、好きなんだね。適した呼び名が見当たらなくとも、大切な存在に変わりはない。ふふふ。そんな素直になれない可愛い坊ちゃんには、これなんかおすすめだけど」
嫣然とした笑みをたたえた店主が優斎に渡したのは銀の簪だった。今度こそ男物のようで、花ではなく玉が飾られている代物である。
「これは?」
「玉簪さ。ほらこの石、美麗だろう? 貿易日で仕入れてね。血石という天然の石だよ」
血石とは、黒に近い濃緑に飛び散る血のような赤い斑点を持つ石である。異国では恵みをもたらし、邪悪な力を払いのける石として知られているそうだ。
「そして花に言葉があるように、石にも言葉があるのを知っているかい? 献身、勇敢、困難を乗り越える……こんなところだったかな。さて坊ちゃん、お気に召してくれたかな?」
店主は煙管をくわえ、優斎に艶やかな視線を流した。艶美な微笑みが優斎を惹きつけて離さない。
「ついでに話しておくが」
店主にぐいっと襟を引かれ、優斎は前のめりになって台に手をついた。ふっと耳元にかけられた煙が漂い、こそばゆくなって身をよじる。
「その名の通り血液に益もあるとか。石言葉からしても陰陽師が持っていて損はないと思うがね」
ゆっくりと顔を離していく店主は片目を瞬いた。優斎は店主の無駄に色っぽい動作にどぎまぎしながらも、葛藤の末、絞り出すような呟き声を出した。
店主がにこりと微笑み、
「毎度あり」
と、緩衝材が詰められている木箱に簪を入れ、優斎に握らせた。
漆で着色された木箱を大事に抱え込み、優斎は近くにいるはずの時丸を探していた。うろうろと近辺を歩いていると、優斎と同じくして木箱を小脇に挟んでいる時丸が目に入った。露店の前で立ち尽くし、石売りの女と話しているようだ。
時丸と石売りの声は周囲の喧騒にかき消されてしまって聞こえない。けど、どこか様子がおかしいような気がして、優斎の心臓までもがうるさくなり始めた。
「時丸!」
はっとした優斎の呼びかけに微動だにしない。時丸にはこちらの声が聞こえていないようだった。
石売りの手が時丸に伸び、その肌に触れようとする。が、優斎のほうが早く時丸に届いた。そのまま力任せに腕を引けば、優斎と顔を合わせた時丸がぱちぱちと目を瞬かせる。
「優斎。そんなに慌てて、どうした?」
落ちた木箱を拾おうとした時丸の肩を掴み、優斎は瞳を覗き込む。
「大丈夫? なにもされてない? もしかして触れられた? 手に傷は……ないね。うん、大丈夫そうだ」
「なにを――」
意味のわからない優斎の追及に視線を逸らした時丸は、微かに目を見開いた。
店があったはずの場所には、不自然な空間と木片があるだけ。それも、襲撃でもされたように粉々の状態で。