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運星奇譚  作者: 綾呑
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一話 戴冠式

「足の動きがぎこちない。それに肩に力が入っているし顔も強張っている。もっと胸を張るように堂々とできないのか?」

「う、うるさいな。緊張するのは当たり前でしょ」


 通りすがる牛車の邪魔にならないよう長屋のすぐ脇を歩く二人は、家を発ってからかれこれずっと揉めていた。似たようなやり取りをもう何度もしている。


 二人は険悪な空気を放ちながら歩いているというのに、周囲から疎まれることも避けられることもない。むしろ熱烈な視線を向けられていた。


 そんな過度な注目に、文句を言われていた少年の居心地がすこぶる悪くなる。注がれる熱視線の大半が、自分に当てられていないということを自覚しているからだ。


「はあ。さっきよりも顔色が悪い。そんなにいやなら帰ればいいだろう」


 そうわざとらしくため息を吐くのは、少年の隣を歩く美丈夫だ。憂うように切れ長の瞳を細め、少年を見下ろしていた。


 銀色に輝く長髪を腰まで垂らし、優雅に歩みを進める姿は通り過ぎる人がみな目を奪われるほどの美しさである。


「帰れるわけいないよ。俺は大丈夫だから放っておいて」


 対して少年は肩の高さで切られた真っ赤な髪に、炎を焦がすような瞳。まだ幼さを残しつつも整った顔立ちをしている。


 美少年には違いないが、それを上回る美丈夫におのずと目が向いてしまうのは悲しくも必然だ。


優斎(ゆうさい)ー! 久しぶりー!」


 優斎と呼ばれた少年は顔を上げ、こちらに向かってぶんぶんと手を振っている少女へ控えめに応える。


 真っ白な髪の毛を腰まで伸ばし、三つ編みにしている愛らしい少女は嬉しそうだ。まるで主人を前にした犬のように上機嫌である。


優頼(ゆうらい)様の葬儀以来だね!」

「こら菊花(きっか)。そのようなことを大声で……いけませんよ」


 菊花をたしなめるのはこれまた美青年だ。真っ青な髪の毛を肩でやんわりと一つに束ね、柔らかな雰囲気を持つ大人びた青年は困った顔をしている。


「いいんだよ、伊織(いおり)。菊花も伊織も久しぶりだね。時丸(ときまる)はまだ来てないの?」

「彼らの気候は移動が大変ですから仕方ありませんね。挨拶が遅れました。入道(いりみち)様もお変わりなく」


 優斎の隣に顔を向けた伊織が深々と頭を下げ、続いて菊花も同様にした。入道と呼ばれた美丈夫は軽く手を上げる。


「お前たちは背が伸びたかな」

「はい。入道様も戴冠式には参列されるのですね」

「当たり前だ。小生は優頼に優斎を頼まれているからな。仮にも小生の主なのだから、人間に舐められてはならない」


 本日、宮廷にて戴冠式が行われる。皇帝より優斎へ与えられるのは領主という立場。優斎は齢十六にしてその地位を手に入れた。


 特別なことをしたわけではない。ただ前領主が亡くなっただけ。世襲、それだけのことだ。


「もうすぐ式が始まる時刻ですね。時丸は間に合うでしょうか」

「俺は先に宮廷へ入っているよ。入道は」

「行かん」


 入道は優斎の言葉を遮り、そっぽを向いた。


「僕たちが入道様とともにいるから、優斎は準備を進めなさい」


 入道たちを残し、正面にそびえる門をくぐると宮廷人が優斎を待っていた。


 石畳の道を歩いて宮廷の内部に足を踏み入れると、優斎はまず大型収納で壁を埋め尽くされている一室に通された。その多さに圧巻されて思わず振り返った優斎と目を合わせた宮廷人が、にこりと笑顔を浮かべる。


 戴冠式のためにとなるべく盛装をしてきたはずの優斎は、ひいなのように身包みを剥がされて、より豪勢な赤を基調とした衣を着せられた。


 そして今、広間の前に一人で待機している優斎は必死に心を落ち着けていた。心の中で「大丈夫」と何度も繰り返し、体の震えを静める。


「四季之国には今、三名しか領主がいない。しかし本日、新たな領主が定められる」


 扉の向こうから芯の通った声が届き、横からすっと現れた宮廷人によって扉が開けられる。優斎はまっすぐに上を向き、その名誉ある一歩を踏み出した。


 四季之国は王都を囲むように四つの都がある国だ。四都は東西南北にわけられ、それぞれが確立した気候を保っている特殊な島である。


「――」


 しんとした厳かな空気。品定めするかのような視線。息を呑むことすら許されない静寂。永遠と錯覚するような花道。


 五感が拾う全てにどくどくと脈打つ心臓は、今にも破裂してしまいそうだ。足が震えていることがばれないように、優斎は小さく息を吸ってから皇帝に跪いた。


「貴殿に夏の名を返上し、南都を治める長とす。陰陽の家系、夏目(なつめ)優斎」


 宰相が口上を述べると、白い髭を口元に蓄えた老年の男がゆっくり立ち上がった。


「南都を、我が国を頼みます。優斎、立派になりましたね」


 そう言いながら垂れた目を優しげに細め、薄い微笑みをたたえた皇帝が優斎に歩み寄る。そして、そっと肩に手を触れた。


 その重みに、優斎がさらに頭を垂れる。


「南都が、四季之国が平和を保つよう、精進いたします」


 こうして正式に優斎は陰陽師として認められたのだ。

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