(3) 天使みたいな悪魔さん
辺境伯爵ヴァンフォーレ家にはアンジェラの母シャーレンの妹が嫁いでいる。そこへ、否応なしにエドウィン公爵は娘を預ける事にしたのだ。
(自粛して反省してろという言葉でしたけど、お父様は。結局のところは、勘当ではないですか。私は悪くありませんのに、酷いですー!)
母親と涙の別れをした後を馬車の中で怒りの収まらない少女アンジェラ(魂は17歳だから~♪)
都から辺境地までの旅路は長い時間を要した。1週間以上を馬車の中で過ごし身体も痛くなる。嫌気もさす。
「盗賊だ、逃げろー!」
馬車に乗っているアンジェラには何なのか分からない。安全な都育ちには「盗賊の対処」など教わっていないのだ。
悲鳴を上げて我先に逃げる召し使いと侍女たち。あっという間に少女が1人。
「命が惜しかったら逃げろ。俺達の目的は姫様だからな。そして、姫様が拐われたと言うんだ。身代金を要求すると伯爵へ。」
身代金ですって?私の?アンジェラは恐る恐る馬車から顔を出す。馬車の外には盗賊が待ち受けていた。
「都の姫様だから器量よしじゃねーか。身代金を受け取るまで俺らが遊んでやるよ。」
卑猥な視線に晒されて馬車の外へ乱暴に引き出される。思わず腹を立てて声を上げた。
「私は、都のエドウィン公爵家の娘ですのよ。失礼な事を為さると父が許しませんわ!」
と言っても勘当されてるけど。この際、父親の名を出すしかない。悪党たちを前に見据えて虚勢を張る。内心はふるえていた。
それを聞いて男達は大笑いするのだ。
「この嬢ちゃん、威勢がいいじゃないか。どこまで強気でいられるか試してみようぜ。おい、丸裸にしろ。」
アンジェラは蒼白になった。何て事、何をするの。私は、公爵令嬢なのよ。
力の強い男の片手だけで抵抗してもドレスが破かれる。アンジェラは貴族としてのブレイドで悲鳴を飲み込んだ。
(せっかく、生き返ったのに。こんな目に合わされるなんて。意味ありませんわ、死なせてくれてたら良かったのに!)
まるで、その嘆きがきこえたかのように地面が揺れた。驚いて男達が地面に這いつくばる。
バリバリバリバリ、ドッスーン!!
天から何かが落ちて来た。それが地響きを立てて揺らす。巻き上がる土埃。それが煙りのように辺りを覆った。
その中で稲光りが八方に走る。それが近づく事に地面にガンガンと打ち付けられてボコボコと穴が空くのだ。
盗賊達は恐怖を感じて逃げ出した。だが、足がもつれて思うように走れない。転んでは立ち上がる。
「名乗り出よ、我が護り子に危害を加えた者。いかずち(雷)を放って天罰をくだしてくれる!」
稲妻が男達に降り注ぎ、「ひえええー」という叫び声が上がる。アンジェラは、見た。土埃の中から現れた魔人を。
稲光りを発しながら歩むのは黒い宮廷服を着た長い銀色の髪の美男子であった。その唇は真一文字に結ばれて琥珀色の瞳は怒りに染まっている。
命が惜しくば罪を認めて哀願せよ。この者、魔王の王冠を持つ。魔王は、命じた。
「私の前から失せよ!」
その言葉によって男達が一瞬のうちに消え去った。アンジェラは呆気に取られて見回す。
「もしかして、魔法ですか?」
呟く言葉に答えたのは美男子。相手を警戒して見上げるアンジェラに彼は微笑んだ。魔王さま、大満足。どうですか、イケテましたか。この演出は、なかなかの物でしょ。うっふふ(嬉しいなー)。
そして、別人のよな優しい声で話しかけてくる。
「そうです、お嬢さま。お久しぶりにお会いしますね。まずは、そのドレスを。リフォーム!」
アンジェラは自分の着ているドレスが元に戻るのを感じた。指で触れてみると裂け目も無くなっているではないか。
親切な魔法使いですわ。でも、何者なのでしょう。用心しなくては。久しぶりと言っているけど、会うのは初めてだもの。
「クスッー。」
笑われたので、ムッとする。プーと膨れながら立ち上がらせる手に従った。恭しく出される手。そつの無い仕草は女慣れしているようだ。
「失礼、笑ってしまって。お許し下さい。」
それに、礼儀正しいし。貴族のマナーも申し分ない。
「あなたが、子供とは思えない態度なので。もう少し子供らしさに注意しないといけませんね。17歳のままでは周りから浮くでしょう。」
「17歳!何故、あなたがご存知ですの?」
「ああ、記憶を消したままでした。戻しましょう。」
アンジェラに記憶が戻る。処刑台で命を終えた後に抱き上げてくれた手。あなたに出会った、美幌の人で無い者に。
「アグアニエベ様!思い出しましたわ、あなたに救われました」
「あなたが、やり直したいと願つたので。私が叶えました。それでも、10歳の時まで戻すのが許される範囲でしたが。」
「ありがとうございます。でも、お父様に辺境地に追い出されてしまいましたわ。生き返らせて頂いたのに。」
「悪運が残っているようです。また、何か起こるかもしれません。私が自分を守れる魔力を授けましょう。」
その恩人の名前をアンジェラは思い出す。悪魔だけど天使なのだなんて。そんな事、あり得ないのに。
「アグアニエベさんは、私の天使さまですわ。」
「いいえ、アンジェラさん。私は神さまのお手伝いをしている悪魔です。」
こんなに、優しいではないですか。父親には追いやられて、召し使いや侍女には置いて逃げられてしまうのに。
アグアニエベは商人に扮するとアンジェラを辺境伯爵の館まで送り届けてくれたのだが。そこからが、大変な目に会うアンジェラであった。
天使のお仕事を手伝う悪魔アグアニエベ。それが、何ゆえに処刑台の露と消えた令嬢を救ったのか。疑問である。
「これで、私も乙女ゲームの小説が書ける。今日の事は、良いネタではないですか。アンジェラの事を書いていれば、小説家になれるかもしれません。私って、頭いいですね。生憎と話を作る才能が有りませんので。これで、ヒット作品になります!」
考えるよりドキュメンタリーにして記録した後に本にして出版するつもりらしい。優しいふりして悪どい。さすが、悪魔だ。
「さあ、この事を書き残しておかないと。そうだ、私は許容力のある慈悲深い悪魔として描いてもらいましょう。」
書いてくれる手が欲しい。使い魔には居ないので墓場へ行かなくては。そして、過去に名声を残した偉人の作家の腕を手に入れよう。と、出かけたのでした。