重ね枝
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふーん、最近の学校だとあまり二宮金次郎像を置いていないのか。学校の怪談にも取り上げられるくらいポピュラーなものだと思っていたけど……これも時代の流れなのかな。
金次郎像といえば、たいていのイメージがたきぎを背負って本を読みながら、歩いている姿だと思う。地域によっては、たきぎを下ろして切り株に腰かけて本を読んだり、成長した「二宮尊徳」として裃姿で正座していたりするらしい。
勤勉の象徴とされている二宮金次郎像。その姿を見習ってほしくて、多くの地域で昭和のはじめごろに設置されたそうだ。そのためかm先にも触れた怪談も、地域によってバリエーションが異なるようでね。「誰も見ていない夜中に歩く」以外にもちらほら存在する。
僕も学生時代に聞いた、二宮金次郎像の話があってね。君のネタになるといいんだが。
僕より何代も前に、卒業したっていう先輩の話だけどね。
夏休みが終わって数日たち、日直だった子が早くに学校へ来たところ、先生方がバラバラと校庭の一角から昇降口へ戻っていく姿が見られたそうだ。
そして先生たちが退いた後には、雨がっぱを羽織った二宮金次郎像の姿があった。
うちの学校の二宮金次郎像は、さっきも話したような、座っているタイプのものだ。人の腕数本はある、ぶっとい丸太に腰を下ろし、かたわらにたきぎを積んだ背負子を置いて、両手で本を広げている姿だ。
もはやシートといっていいほど大きく黄色い雨がっぱは、彼とその近くにあるものをすっぽり覆い、わずかにうつむいた顔だけをこちらへ向けていたらしい。
他の生徒も登校してくるときに二宮金次郎像の姿を確認。教室で少しざわついているところ、直後のホームルームで先生たちから通達される。
二宮金次郎像に破損した個所があるから、しばらく近づかないでほしいこと。もしこのことについて情報を持っているときには、すぐ先生たちに知らせてほしいことが。
うすうす予想していた人も多く、表だって話題にする子はぐっと減った。代わりに互いを探り合うような視線が、教室中を行きかうようになったらしい。
あいつが犯人を知っている。いや、もしかしたら自分自身が犯人であることを黙り、ほっかむりをしているのかもしれない、とね。
放課後。
二宮金次郎像の周りにはロープが張られ、そばには近寄れなくなっていた。
しかし、「するな」といわれれば、したくなってしまうもの。日直の子も含めた数人が、代表をひとりだけ選び、残りの子は壁に徹するという方法で、二宮金次郎像へ近づいたんだ。
手早くめくった数秒で、代表はすぐ像の異変に気づけた。
二宮金次郎像そのものには、おかしいところはない。問題は彼が下ろしている背負子だ。
そこにぎっちり詰まっているはずの枝たちが、数本だけ残り、あとは姿を消していたんだ。
しっかり確かめたわけではないが、背負子の枝も石か金属だろう。背負子相手のみならず、お互いにもぴったりくっついて離れないようにできているはず。
そして数本だけ残っているということは、丸ごと盗んではいない。つながっている枝同士を無理やり引きはがすほどの強い力や道具を、犯人は持っているということだ。
金次郎像の実態を確かめていないだろう面々は、犯人探しに乗り出そうとしたが、日直の子たちはそれに加わろうとしなかった。
誰が、いや何が手を下したにせよ、自分たちの手に負えそうな相手じゃなかったからだ。
首尾よく見つけられたところで、その後の自分たちがろくな目に遭いそうにないのが、簡単に想像できる。
できる限りいつも通り過ごそうと、放課後に近所の公園でサッカーをしていた日直の子たち。いまだ残暑が厳しく、みんなは汗をかきながら半袖に短パンという出で立ちだったそうだ。
やがてゲームの途中。ディフェンダーがクリアしたボールが、大きく跳ねて公園近くの茂みへ飛び込んでいってしまう。
すぐ近くの子が追いかけていくものの、植え込みのひとつへぶつかったボールは、そのまま枝葉をいくつも折っていき、ようやく止まるかといったところで。
パキン、という金属音を、追っていた子は確かに聞いたらしい。
動きを止めたボールをどけてみると、ぽっかりとえぐられた植え込みの底に、場違いな真鍮色の輝きを帯びた枝がある。
真っ二つに折れてしまったそれに、おそるおそる手を伸ばしたその子は、触れた瞬間にその熱さに驚いた。
火にかけたヤカンのようだ。すぐ指をひっこめたのに、触れた部分が真っ赤に腫れて痛み出す。
――ミーン、ミンミンミン、ミーン……。
次の瞬間、その場にいた誰もが聞いた。
すでに絶えて久しいセミの声が、にわかに公園中に広がり出したのを。
そして、感じた。
自分たちを取り巻く空気が、どっとその蒸し暑さを増したことを。自分たちの頭がカンカンに火照ってくるのを。
すぐに退散した子供たちだけど、家の近くにまで熱気とセミの声は何時間もとどまり続けたらしい。親などは「長生きなセミだねえ。それとも時期と相手を逃がしちゃったのかしら」と、のんきに構えてくれていたことに、少し安心感を覚えたとか。
ただ帰り際。突然現れたセミの声を探ろうとした子がいたみたいだけど、明らかに声の出どころとおぼしきあたりを探っても、セミそのものは見つけることができなかったそうなんだ。
さらに奇妙なことに、この異様な熱気は数時間続いたものの、玄関先に温度計を吊るしていた家では、気温が上がっている様子は見られなかったみたいなのさ。
翌日。少し気味悪く思った日直の子たちが先生に報告したところ、放課後に例の枝の場所の案内を頼まれ、現地で無事回収された。
やはりそれは、金次郎像の背負子につけられていた枝の一本だったらしい。すでに周囲にあの熱気やセミの声はなく、枝も熱を放つことはなくなっていたんだ。
「うちにおける二宮金次郎はな、『積み重ね』の象徴なんだ」
枝を像の元へ戻すとき、先生は話してくれた。
「金次郎の勉強も、一時にしてできたわけじゃない。何日もかけて重ねてきたものだ。
それは時間も同じ。重ねて重ねて、その先へ進み、季節も変わる。
だがそのままでは何も変わらない。金次郎の勉強のように、その枝たちが一日一日、夏を少しずつ削いでいった。だから残暑とはいえ、少しずつ秋が近づいてきていたんだよ。これからの冬も春も、来年の夏も同じことさ。
みんなが触れたのは、枝の閉じ込めた夏の時間。きっと枝を盗んだのは、まだ夏に去ってほしくない、何者かだろうね」
数週間後。10月を迎えると、二宮金次郎像のカッパはとれて、背負子の中身ももとに戻っていた。
その日から気温はぐんぐん下がって、例年なみの秋の気温になったそうなんだよ。




