第十二章 ゲルマニクス 場面六 ユリアの死(二)
ユリアの訃報を受け取ったのは、十二月も半ばを過ぎた頃だった。追放先のレギウムで、ごく僅かな人々に看取られて息を引き取ったという。父アウグストゥスの死と、それとほぼ同時に届いた息子アグリッパ・ポストゥムスの死以来、床に就きがちだったことは耳にしていた。だが、ティベリウスはこのかつての妻を、敢えて手紙や物で慰問することはしなかった。
アウグストゥスはこの一人娘に、三度の結婚を強いた。二人には先立たれ、ティベリウスからは捨てられたユリア。哀れなユリア。遊び好きでお喋り好きの陽気な娘だった。ティベリウスとの結婚は、互いにとって不幸だったというしかない。ティベリウスが妻に求めるのは、敢えて言うならば確かな信頼と安らぎであって、刺激や快楽ではない。彼女が求めるものをティベリウスは持たなかったし、その逆も同様だった。結婚生活は不幸なまま終わりを迎えた。
年の最後の祭りである、サトゥルヌスの大祭が明日に迫っていた。農業の神サトゥルヌスに今年の収穫への感謝を捧げる祭りだ。その準備で忙しく立ち働くアントニアを呼び止め、手を止めさせたことを詫びてから、ユリアの死を告げた。そしてレーヌス河にいるアグリッピナに母の死を手紙で知らせてほしいと依頼した。アントニアはそれほど驚いた様子は見せず、「判ったわ」と短く答えた。この義妹が、ティベリウスに代わってユリアに様々な配慮をしてくれていることは知っていた。だから恐らく、彼女の不調のことも知っていたのだろう。だが、そのことは互いの口には上らなかった。
そして、アウグストゥスの祭壇に報告をした。ティベリウスの邸には、元々ユリウス一門の祖霊と、一家の守護神、そして神君カエサルの三つの祭壇があったが、そこに先頃アウグストゥスのための祭壇が加わった。祭壇には毎朝香が焚かれ、犠牲の代わりの菓子が供えられる。ティベリウスは一門の長として、また第一人者として、祭壇を守る義務が課せられていた。
ティベリウスは従者も連れず、邸の奥にあるこの聖なる空間に入った。手ずから香を焚き、アウグストゥスの像の前に跪いた。
ティベリウスにゲルマニクスとの養子縁組を命じ、孫娘を娶らせ、自らの血脈にローマを受け渡すことに執着したのがアウグストゥスなら、周囲の反対を押し切り、国法に照らして一人娘を島流しにしたのも、たった一人残っていた男の孫を殺害したのも、またアウグストゥスだった。
アウグストゥスは市民たちの願いを容れ、娘をパンダテリア島から本土へ移すことには何とか同意したものの、ほとんど軟禁といっていい厳しい追放状態は解かなかった。神々の一人となったアウグストゥスは、今なら娘を赦すだろうか。その聖なる腕に抱きとめるだろうか。
彼女もまた、アウグストゥスに捧げられた、哀れな羊ではなかったか。哀れなユリア。最期までわたしを、恨んでいただろうか………
祈りの言葉を捧げ、ティベリウスは部屋を出た。アウグストゥスの死後一年にも満たない間に相次いで起こった、尊い血をひく孫と娘の死。二つの死に対して、ティベリウスが潔白であると信じてくれる人間は、首都に、いやこの広大なローマに、果たして何人いるのだろうか。ふとそんな考えが脳裏を過ぎり、口元に薄い笑みが浮かんだ。




