第十二章 ゲルマニクス 場面二 ゲルマニクスの演説(二)
アグリッピナは長男のネロ、次男ドゥルースス、そして二歳になる三男ガイウスを連れていた。八歳になっていたネロと、七歳のドゥルーススは徒歩で従い、幼いガイウスは母の胸に抱かれている。その周囲には、幕僚の妻子たちが集まっていた。誰もが涙を流し、身分ある者の妻でありながら、ガリア人の許に身を寄せねばならない不遇を嘆いた。アグリッピナは気丈に胸を張り、取り巻く女たちを慰めた。
この騒ぎに、既に一日の任務を終えてそれぞれの兵舎に入っていた兵士たちが、何事かと外へ出てきた。兵士たちは状況を把握するや、騒然となった。単なる驚きというよりも、女たちの行き先が、彼らを愕然とさせたのだ。
「トレウェロルムだと!?」
「蛮族の町ではないか!」
ローマ軍団兵の許を離れ、蛮族の地に行くとは。彼らの許の方が、ここよりも安全だというのか。ゲルマニクスらによってそう判断されたことは、軍団兵たちを深く傷つけた。彼らはいても立ってもいられず、ゲルマニクスや幕僚たち、更には今にも出発しようとしているアグリッピナにまで取りすがり、口々に訴え始めた。
「どうかやめて下さい」
「ここにいて下さい。ガリア人のところへなど行かないで下さい」
だが、一行に付けられた護衛の兵は、列に近寄るなと彼らを脅した。一行はそのまま、ゆっくりと正門から徒歩で出発した。兵たちはゲルマニクスに押し寄せた。
兵士たちはアグリッピナの子供たちを可愛がっていた。特に末っ子のガイウスは人気者だった。生まれて半年にも満たない頃に、アグリッピナの腕に抱かれてゲルマニアにやってきている。彼らはこの幼児のために子供用の軍靴まで作ってやり、「小さな軍靴」と呼んでは抱き上げたり、肩に乗せたりしてあやした。ハイハイをした、立てるようになった、自分の名前を呼んでくれた、といっては喜び、皆が自分たちの子供のように思っていたのだ。
兵士たちはほとんど哀願と言ってもいいほどの悲愴な面持ちで、自分たちが育てたカリグラを、蛮族の許へなど送らないでくれと訴えた。ゲルマニクスは縋る兵士たちを見た。怒りとも悔しさともつかぬ感情で、身体が熱くなったという。一体誰が、同胞であり、部下である軍団兵たちから守るために、自分の妻と子を異国の民に預けたいなどと望むものか。彼は軍団兵に向かって言った。
「わたしにとって妻や子は、父や祖国ほどには大切なものではない。お前たちの栄光のためにでも、わたしは喜んで彼らを犠牲に捧げるだろう。今、わたしがアグリッピナや息子たちをお前たちから遠ざけるのは、彼らの身を守ろうとしてのことではない。狂ったお前たちに、これ以上の罪を犯させないためだ」
兵士たちはゲルマニクスの許に集まり始めた。皆、固唾を呑んで彼の弁舌に耳を傾けた。ゲルマニクスは右の拳で自分の胸を叩き、少し声を張り上げた。




