第十章 混乱 場面二 ポストゥムス暗殺(三)
ドゥルーススは早口に言い、控えていた奴隷の一人に、部屋へ行って、書類箱からアウグストゥスの手紙を持ってくるように命じた。普段と違うドゥルーススの剣幕に驚いたのか、すっ飛んでいこうとした奴隷を呼び止め、ドゥルーススは例のカメオの箱も持ってくるようにと言った。奴隷はすぐに手紙と小箱を胸に抱いて戻ってきた。ドゥルーススは手紙を父に渡した。
「ぼくはポストゥムスを助けたかった。確かに、彼の振る舞いは決して褒められたなんてものではなかったし、手紙を送ってもろくに返事もよこさなかった。粗暴で薄情な男でした。でも、ぼくは彼を助けたかったんです。彼自身のためと、他ならぬアウグストゥスのために助けたかった。それを―――」
ティベリウスは書簡を一読し、丁寧にそれを畳んで卓上に置いた。それから立ち上がり、ドゥルーススが小箱から出したカメオに目を向ける。
「それは?」
静かな口調だった。ドゥルーススは父にそれを手渡す。ティベリウスはしばらくの間、黙ってカメオを見つめていた。ローマを追放されてゆくポストゥムスがドゥルーススに託した、アグリッパ将軍とユリアが彫刻された美しいカメオ。
「遺体は? 遺体はどうしたんですか」
自分でも思いがけず、詰問するようにドゥルーススは言った。ティベリウスは淡々と答える。
「埋めたと聞いた」
「プラナシア島に?」
「そうだ」
あの流刑地に。供え物をしてくれる者もいない。死者のための祭りであるラティウム祭にも、命日でさえ、恐らく誰も訪れることもないだろう。ローマから遠く離れた、あの淋しい島に。涙が出た。憐れみとも、憤怒ともつかぬ涙だった。
「父上」
ドゥルーススは父を見つめる。声は震えていた。
「ポストゥムスの遺骨を持ち帰らせて下さい。父上がなさるのが不都合であれば、ぼくがやります」
「ドゥルースス」
「彼を、死霊にはしたくありません。お願いです。きちんと葬礼を与え、葬ってやりたいんです」
ティベリウスは首を振る。
「父上!」
「聞き分けてくれ。このローマに、彼のための場所は許されていない。アウグストゥスは公式な命令に依らずに、ポストゥムスを暗殺した。彼を闇へ葬るのが、アウグストゥスの遺志だ。騒乱の種を持ち込んではならない」
「ポストゥムスは生きていました!」
ドゥルーススは拳を握り、叫んだ。
「このローマで! 確かに生きていた一人の人間を闇に葬るなんて、ぼくには納得できません!」
「それでもだ、ドゥルースス。これ以上言わせるな」
父の声の厳しさが、ドゥルーススからそれ以上の反論を奪った。
「今はアウグストゥスと父に従いなさい」
ドゥルーススは唇を噛む。




