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第十一章 パンノニアへ 場面五 ドゥルーシアン(一)

 邸では、ほとんど狂乱といっていい歓迎を家族や使用人たちから受けた。出発の前日までは泣き騒ぎ、当日も目に一杯の涙を溜めていたリウィッラは、今度は嬉し涙で顔をボロボロにしていた。小ティベリウスも涙と鼻水でみっともないぐらいだったし、上の娘はドゥルーススにほとんど飛び乗らんばかりだ。一歳になったガイウスは、わずか二ヶ月の間にも随分と大きくなったようだった。アントニアとアウグスタはドゥルーススを抱擁し、頬にキスしてくれた。夜は身内だけで、心づくしの料理が並ぶ食卓を囲んだ。




 翌日、マエケナスの庭園で晩餐会が開かれた。マエケナスの邸宅であったこの美しい庭園は、貴族の邸宅が並ぶ静かな住宅地、エスクィリヌスの丘に広がっている。その死の際に親友であったアウグストゥスが相続し、それをティベリウスが受け継いだものだ。開かれた宴は、饗される料理はもとより、食器や調度品、夕闇に揺れるかがり火に至るまで主人の配慮が行き届き、肩の凝らない雰囲気の中にも品格を感じさせた。ドゥルーススは父の傍らに臥した。ティベリウスは、何にもまして、まず首都から派遣された全員が無事に帰還出来たことを祝いたい、と言った。それから親衛隊兵たちを(ねぎら)い、随行者たちに丁寧な言葉で感謝と賛辞とを述べた上で、ドゥルーススを簡単に褒めた。

「軍隊での経験を持たない息子が、こうして立派に任務を終えて無事に帰還できたのは、ひとえに経験豊かな諸君の助けによるものである。また、ドゥルーススも、諸君から与えられる経験に裏打ちされた有益な助言をよく聞いた上で、若いながらも一行の責任者として、ふさわしい落ち着きと忍耐をもってこのたびの任務を遂行できたと聞く。諸君の口からそれを耳にすることは、ひとりの父としてこの上ない喜びであり、名誉である」

 宴の最中、多くの人がドゥルーススやティベリウスの傍にやってきた。アプロニウスとセイヤヌスはティベリウスとドゥルーススの間に立ち、アプロニウスが使者として首都に発ってからのパンノニア陣営の様子などについて話をした。セイヤヌスはティベリウスに向かい、「ドゥルースス・カエサルは、本当に見事だったですよ」と言ってくれた。ティベリウスの息子への賛辞が、予想外に簡潔だったからだろうか。最高司令官に向かい、多くの人々がそんな風に言ってくれる。照れ臭かったが、嬉しかった。もっとも、父に関して言うならば、ドゥルーススにとってはその短い言葉だけで十分だった。その簡潔で率直な言葉の中に、ドゥルーススは父の喜びの大きさを感じることが出来た。グナエウス・ピソに「報告書」を書き送ったという父―――そうだ、それだけでも十分だったのだ。それをドゥルーススが知っていることは話していない。だが、どの道あの冗談好きの父の「悪友」は、早晩その話をネタに、父をからかうことだろうと思う。

 同行者であったセイヤヌスについて、この場で非公式ながら発表があった。セイヤヌスの父ストラボを、ティベリウスは自らの直轄属州であるエジプトの長官に任命したのだ。任期は来年からスタートする。それに伴い、セイヤヌスは唯一の親衛隊長官に就任する。弱冠三十四歳の長官が、親衛隊兵九個大隊九千人と、騎兵隊六個中隊千二百人を一手に指揮することになるのだ。

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