第十一章 パンノニアへ 場面三 粛清(二)
集会の後、ドゥルーススは首謀者の中でもリーダー格である、ペルケンニウスとウィブレヌスを司令官の天幕に呼び出した。百人隊長に連れられた彼らは、怯えた様子で天幕に入ってくる。彼らが天幕に足を踏み入れ、入り口の幕が下りた瞬間、両側に控えていた二人の親衛隊兵が剣を振り下ろした。悲鳴を上げる間さえなく、二人は絶命した。彼らは親衛隊兵と、連れてきた百人隊長におびただしい血を浴びせて地面に倒れた。血が、天幕の上部にまで飛び散った。
「ドゥルースス」
マルクス・ピソはやや青ざめている。ドゥルーススも同様だったかもしれない。天幕内に満ちた血の臭いに、こみ上げてくる吐き気を抑えた。円形競技場で見る死とは違う。これが自分の初陣なのだ、と、奇妙な感慨を覚える。ドゥルーススの命令によって倒れた最初の犠牲者は、蛮族ではなく、ローマ人兵士だった。レーヌス河の軍団にいるはずのゲルマニクスのことが頭に浮かぶ。君は幸運だ。蛮族を何人斬り殺した、と、誇らかに語ることが出来たのだから。
「片付けろ」
傍らに立つセイヤヌスが命じた。親衛隊兵たちは指示されていた通り、死体を毛布で包んで天幕の隅に置き、用意されていた水で血の跡を洗い流した。その事務的な手際のよさが、ドゥルーススをどこか嫌な気持ちにさせた。死体は日が落ちてから埋める手はずになっており、それまでは天幕内に置いておく必要がある。
首謀者リストには、五十人近い人間が上げられている。ドゥルーススは、彼らに考える余裕を与えなかった。既にセイヤヌスに彼らを即座に処刑するよう命じてある。セイヤヌスの命を受けた親衛隊兵数人が、足早に天幕を出て行った。




