第十一章 パンノニアへ 場面二 陣営での夜(八)
月は容赦なく欠けてゆく。兵士たちは天を仰ぎ、口々に月の女神に輝きを取り戻してくれるよう祈り始めた。手に銅鑼やラッパを持ち、それを鳴らして訴えた。ドゥルーススは表に出てきた参謀たちと共に、じっとそれを見つめていた。
「神々の怒りだ!」
誰かが叫んだ。ドゥルーススが指示した「サクラ」だろうか。だが、それがサクラなのか、兵士たちの心からの叫びなのか判別できないほど、兵士たちの動揺は激しかった。元々、彼らの内にはためらいや迷い、後ろめたさがあったのだ。ドゥルーススのように、蝕の原因を知り、これが自然現象だと理解している者などまずいない。月が欠けるという異常現象を、神々の呪いと見たところで無理はない。
今頃ドゥルーススの指示を受けた兵士たちが陣営内に散らばり、動揺する兵たちの耳元で囁いているはずだった。
「最高司令官の息子を、いつまで捕虜にしておくつもりか」
「我々が満期除隊となった時、退職金を払ってくれるのは、一体誰か。我々に給料を払ってくれるのは、一体誰なのだ。ペルケンニウスか? 彼らに国を動かす力があるなどと考えるのは、全くばかげた話ではないか」
「後悔の気持ちがあるのならば、一刻も早く最高司令官の慈悲に縋り、自分の罪を認めるべきだ。誰よりも早く恭順を誓った者を、最高司令官は誰よりも評価して下さるだろう」
やがて月が完全に蝕に入り、周囲はかがり火の揺れ動く光だけになる。嘆きの声、動揺した叫び声、恭順を促す声、声………様々な声が、闇の中に飛び交った。ドゥルーススの目に、兵たちが動き始めたのが見える。数人が、中隊旗を取りに走った。正門を始め、周囲を固めていた兵たちが集まってくる。兵たちは中隊旗に集い、更に百人隊ごとに分かれて整列し始めた。




