第十一章 パンノニアへ 場面二 陣営での夜(四)
「軍団兵諸君、カエサルの言葉を聞け! 鎮まれ!」
「静かにしろ!」
アプロニウスも傍らで命じた。
「諸君、どうか聞いてくれ」
軍団兵たちは鎮まったとまではいえなかったが、騒ぎはいささか沈静化した。ドゥルーススは続ける。
「ローマから七日間をかけてここへ到着し、あなた方とようやくじかに話をすることが出来た今、わたしもあなた方の望みはよく理解したつもりだ。どうか軍団兵諸君、わたしに時間を与えて欲しい。わたしも一晩、よく考えたいと思う。その上で、明朝、もう一度あなた方と話をさせて欲しい。今は傷を負った者を手当てし、話し合う時間をわたしたちに与えてくれ」
一部の兵は相変わらず騒いでいたが、ドゥルーススは全体を見回しながら、言葉を継いだ。
「だが諸君、最後にどうかこれだけは聞いて欲しい。どうか思い出して欲しい。最高司令官が、共に幾多の戦役を戦ったあなた方を、どれほど大切に思っているか。あなた方こそがよく知っているはずだ。最高司令官にとって、あなた方は等しく息子同然であり、だからこそわたしをここへ遣わしたのだ。
七年前、わたしはシスキアを訪れ、初めてあなた方を、軍団というものを見た。あなた方は規律正しく誇り高く、ため息が出るほど美しかった。十八歳だった未熟なわたしを暖かく迎えてくれたことは、今でも心から感謝している。その時のことを知っている者がいれば、それもどうか思い出して欲しい」
ドゥルーススは一礼し、演壇を降りる。兵たちはざわめいていたが、脅す者はいなかった。ドゥルーススはアプロニウスと共に、セイヤヌスやレントゥルスに近づいた。
レントゥルスは額から血を流していたが、それほど深い傷ではなさそうだった。ピソは外傷を負っている様子はない。石つぶてが当たったのかどうかは、外見上では判らなかった。
「大丈夫ですか」
「………面目ない」
レントゥルスは言った。ピソも「済まない」と言って苦笑いする。
「セイヤヌス、親衛隊兵と護衛兵は、ひとまず集合場所に集めて待機させておいてくれ。それが終わったら、司令部へ。ブラエススとホルタルスも連れてきてくれ」
「判りました」
「集合場所」というのは、陣営内に取られた広いスペースのことで、出発の際、ここで整列を行う。晴れていてよかった。どうやら彼らの天幕を張る余裕はなさそうだったし―――そもそも、今晩が勝負だ。




