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第十一章 パンノニアへ 場面二 陣営での夜(一)

 七月二十六日、ドゥルーススはパンノニア軍団の夏季陣営に到着した。夏季陣営は、春夏の活動期に、任務に適切な場所を選んで設営される。いわゆる「基地」―――冬営地とは異なり、規模こそ大きいが、柵で囲んだ中に天幕が並ぶだけという簡単なものだ。それでも一夜限りの宿営地とは異なり、その柵は深い塹壕を掘り、そこへ背の高い木をびっしりと並べた上で土嚢で補強するという、中々に堅牢なものだ。

 ドゥルーススらの一行を、軍団兵の一隊が柵から出て出迎えた。それは最高司令官の使者を迎える時の礼儀に適ったものだ。だが、彼らの顔つきはまるで無頼漢のものだった。服装も乱れており、髭さえ剃っていない者もいる。出迎えというよりも、むしろ物見高い一群がぞろぞろと出てきたとでもいった風情だ。

 ドゥルーススの脳裏に、かつてシスキア(シサク)で見た軍団兵たちの姿が甦る。あの時、ドゥルーススはローマ軍の規律の正しさ、誇り高さに感動したのだ。美しいとさえ思った。父が育て、共に戦っていた誇り高いパンノニアの軍団が、このような状態に陥っているとは。

 怒りに似た感情がドゥルーススの胸に沸き起こった。ドゥルーススは兵たちにゆっくりと視線を向けながら、セイヤヌスと幕僚たちを傍らに、親衛隊兵に囲まれて、真っ直ぐに正門へと進んだ。

 一行が門を通ると、誰かが「よし!」と怒鳴った。何事かと思えば、次の瞬間には、軍靴の音と、鎧や武器がぶつかる金属質の音と共に、全ての門が武装した兵たちによって固められた。

 ドゥルーススを守る幕僚や親衛隊兵たちの間に緊張が走ったのが判る。これではまるで囚われの身だ。ドゥルーススはセイヤヌスを見た。セイヤヌスは少し気遣うような表情になる。だが、不思議なことに、ドゥルーススは自分が少しも動揺していないことが判った。「行こう」と目で合図してから、一行を率いて再び歩き出す。

 軍団兵たちはまるで威嚇するように長槍を地面に立て、ドゥルーススを眺めている。薄笑いを浮かべている者、不貞腐れた様子でだらしなく立っている者、ぶらぶらと所在なげにしている者など、軍団兵とは名ばかりの者たちばかりだ。

 怒りが、ドゥルーススから恐怖を奪っていたのかもしれない。戦闘経験のなさや、圧倒的な人数の差も、何ら不安要因とはならなかった。ドゥルーススの内にあったのは、これは違う、という激しい思いだった。違う。これは違う。これは彼らの本来の姿ではない。

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