第十一章 パンノニアへ 場面一 助言者たち(三)
レントゥルスが話し終えると、少し間がある。男たちは互いに目を見交わし、微かに頷いたようだった。やがてアプロニウスが一同を見渡し、明るい口調で言う。
「わたしもレントゥルス殿に全面的に同意する。皆もそれぞれ、自身に与えられた役割を心に銘記なさったことと思う。―――ところで、もう夜も遅い。基本方針を確認できたところで、今宵は散会としませんか。終日馬を駆るというのも久しぶりの方もいらっしゃるでしょう。かく言うわたしもそうですが。それに、明日も早い」
「仰る通りだ。休息は大切です」
セイヤヌスが言葉を添える。ドゥルーススは一堂を見回し、散会を告げた。幕僚たちはそれぞれドゥルーススと握手や軽い抱擁を交わし、天幕を出て行く。ドゥルーススは最後に残っていたレントゥルスの手を握り、心から礼を言った。「格」ということを言うなら、最年長であり、執政官経験者であり、かつ凱旋将軍顕彰を授けられたこともあるレントゥルスが、一行の最上位者なのだ。その彼が、ドゥルーススを全面的に認めてくれた意義は大きい。レントゥルスは微かに頬笑んだ。
大きい。レントゥルスは微かに頬笑んだ。
「礼には及ばない。もしもあなたが見当違いのことを口にしていたら、わたしの発言は全く違うものになっていた」
ドゥルーススはちょっと胸が熱くなった。レントゥルスは軽くドゥルーススの肩を叩く。
「あなたは確かに異例の昇進を遂げた。二十五歳で予定執政官というのだからな。だが、反発は意外なほどないだろう? このたびの派遣に対してもだ。何もあなたの厳格な父君の存在が怖いからではない。それはあなたのもつ貴重な資質だ」
「―――」
レントゥルスはそう言って天幕を出ようとして、ふと思いついた様子で足を止めた。
「あなたは、わたしの父のフルネームをご存知か」
「え―――」
ドゥルーススは戸惑う。六十歳を越えているレントゥルスの父となると、とっくに故人であり、面識もない。レントゥルスは答えを期待してはいなかったらしく、そのまま続けた。
「プブリウス・コルネリウス・レントゥルス・マルケッリヌスという。神君アウグストゥスの以前の妻、スクリボニアの最初の夫だ」
「えっ」
ドゥルーススは思わず声を上げてしまった。
スクリボニアはアウグストゥスの唯一の実子、ユリアの母だ。しかも、「マルケッリヌス」とは。それはこの重鎮がクラウディウス・マルケッルス家の出身ということを意味する。
「クラウディウスといっても、マルケッルス家は、ご存知の通りあなたとは違って平民の方の家系だが。祖父のプブリウス・クラウディウス・マルケッルスは、子供のなかったレントゥルス家に養子として迎えられた。コルネリウス一門として独裁官コルネリウス・スッラと共にローマへ進軍したり、奴隷将軍のスパルタクスの鎮圧に派遣されたものの打ち破られたりと、中々騒々しい男だったようだ」
「祖父は貴族のクラウディウスですが、アウグスタは、平民のクラウディウスの出身です」
ドゥルーススが言うと、レントゥルスは微笑する。
「アウグスタはクラウディウスからリウィウス一門に入り、それから今はユリウス一門に入られた。今でこそわたしはコルネリウスを、あなたはユリウスを名乗っているが、我々は、意外に近い間柄なのだよ。だからというわけでもないだろうが、わたしはあなたが好きだよ。あなたの父君も。この任務に同行出来たことを、心から嬉しく思う」
「光栄です。ぼくの方こそ、貴重なお話を伺うことができて、とても嬉しいです」
ドゥルーススは咄嗟に何と答えていいのか判らなかったが、とにかくそう言った。レントゥルスは軽く会釈し、「では、また明朝に」と言って天幕を出て行った。
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