第十章 混乱 場面六 初陣(六)
九月十九日、ドゥルーススは夜明けと共にローマを発った。親衛隊兵とカエサル家のゲルマン人騎兵隊を率いてのこの任務が、ドゥルーススにとっての初陣となる。蛮族の征服でもなければ、文明国との戦争でもない。祖国を守るための闘いでもなく、反乱軍の鎮圧というのとも少し違う。市民に見送られての華やかな出発が似合う任務ではない。ティベリウスは布告で市民の見送りを禁じた。家族とは邸で抱擁を交わして別れた。
マルスの野でドゥルーススを見送ったのは、許可を受けた少数の人々だった。ティベリウス、二人の執政官を始めとする五十人に満たない元老院議員たち―――その中に、グナエウス・ピソや神祇官ピソの姿もあった―――、わざわざ許可を願い出てくれたドゥルーススの友人たち、といった顔ぶれだ。
驚いたことに、ピソの長男のマルクスが一行に加わっていた。グナエウス・ピソは息子と抱擁も交わさず、ティベリウスの傍らに執政官たちと共に立っている。
「よろしく、予定執政官殿」
軍装姿のマルクスは、軽い口調で言って恭しく一礼した。
「何故君が………」
「一応は父の指示だけど、こちらから頼みたいぐらいだったよ」
マルクスは屈託なく笑う。
ドゥルーススより八歳年長で、先日三十三歳になったマルクスは、造営官の任期を終えたばかりだ。元老院の昇官順序は財務官、法務官、執政官であり、造営官は特に必須の官職ではない。ただし、「造営官」という職名が示すように、社会資本の整備及び市場の監督などを司る重要官職だ。グナエウス・ピソは息子に力をつけさせるために、多少回り道でも息子にこの官職を経験させたのかもしれない。造営官はおろか法務官さえ経験しないまま予定執政官となったドゥルーススは、そんなマルクスを見ると少し後ろめたいような気分にもなる。大体ドゥルーススは、元老院の資格要件の一つである、三十歳という年齢にさえ達していない。




