第十章 混乱 場面六 初陣(五)
この義叔母と父が長い付き合いになるのだと、ドゥルーススは改めて思った。生まれた時から大人だったような顔をしている人々の若い頃の話を聞くのは、新鮮で楽しい。この任務を無事に終えることが出来たなら、一度父に子供の頃のことを尋ねてみよう。
そんなことを考えられるほどに、義叔母の話は、初陣に臨むドゥルーススの興奮と不安を少し鎮めたようだった。そうだ。まるで同じではないか。ティベリウスはドゥルーススに、細かい指示は何も与えなかった。認めた書簡も、兵たちの要求を受け入れるでもなく、脅すでもなく、ただのメッセージの域を出ない。一通の書簡と、三千余りの精鋭、そして父自らが選んだ、経験豊かで忠実な助言者。それがドゥルーススに与えられた全てだった。
いや、もう一つだけある。知識だ。まず、ティベリウスはドゥルーススに、アウグストゥスの長大な遺言のうち、ローマの国力を記した部分を再読しておくようにと言った。そしてローマというこの巨大な国家の運営について、その一部としての軍事力の維持ということについて、簡単に話をした。そして、今から八日後に起こる、ある出来事について教えてくれた。
「最小の危険が栄光への道」が父の信条だ。ならばこの与えられたものが、任務を無事に遂行するための必要十分なものであるはずだ。―――それを信じよう。父と、そして自分を。
ドゥルーススは義叔母を軽く抱擁する。
「リウィッラと子供たちを頼みます」
アントニアは頬笑む。
「判ったわ」
「それから―――父のことをどうかお願いします」
「ドゥルースス」
身体を離し、アントニアはドゥルーススの頬に軽く口付けた。
「ありがとう。後のことはどうか心配しないで。道中の無事を祈ってるわ。あなたはあまり旅慣れていないから、それだけが少し心配なの」
任務の成功ではなく、道中の無事を祈ると言ってくれたのが、いかにもこの義叔母らしかった。
※




