第十章 混乱 場面六 初陣(二)
「レーヌス河やダーウィヌス河の軍団兵たちの生活が、他の地域に派遣された兵たちに比べて過酷であることは確かだ。彼らは北の国境を守ってきた我が国屈指の精鋭たちだ。可能な限りの対応はとってゆきたい。だが、給料の増額や兵役期間の短縮を彼らに対してだけ認めるというようなことは断じて出来ない。そんなことをすれば、今度はローマの全軍団が彼らと同じ待遇を求め始め、大きな混乱が起こることは目に見えている」
アプロニウスもレントゥルスも、軍隊経験は豊富だ。二人とも、ティベリウスが要求を拒否することは始めから判っていただろう。ほとんど言葉をさしはさむことはせず、じっと第一人者の説明を聞いていた。
「彼らの暴動が他の軍団に連鎖的に広がるのを防ぐためにも、速やかに、しかも皆が納得する形で事態を収めることが絶対に必要だ。確かに容易なことではない。多くのことは現地の状況を見て対応を考えていただく必要がある。ご存知の通り、ドゥルーススはまだ若く、軍隊生活も経験していない。どうか見識豊かなあなた方で助けてやっていただきたい」
二人は反乱の知らせには目を瞠ったが、ドゥルーススの派遣に関してはそれほどの驚きは見せなかった。特に経験豊かなレントゥルスなどからすれば、二十五歳のひよっこにこんな大役を任せるとは何事かと驚き呆れても無理はない。そもそも、一体何故この使者の代表がドゥルーススであってレントゥルスではないのだろうかとさえ思う。
気さくな性分であるらしいアプロニウスは、苦笑混じりに言った。
「あなたにはいつも驚かされる。時にじれったいほどに慎重なのに、同時に驚くほど大胆だ」
そういえば―――とドゥルーススは思い出した。アプロニウスは、ティベリウスがマルコマンニ王に協定を申し入れた時の随行者の一人だ。
レントゥルスは名門貴族らしい重々しさで、言葉少なに依頼を受けた。
ドゥルーススはほとんど話には加わっていない。
「どうぞよろしくお願いいたします」
二人が話を承諾してから、ただ深々と頭を下げ、それぞれと握手を交わした。
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