第二十一章 タルタロス ―――地獄 場面二 アピカータの手紙(四)
呼びに行った使用人は間もなく戻ってきて、リウィッラは気分が悪く誰にも会いたくないと言っている、とアントニアに告げた。アントニアはアピカータの手紙を握り締め、娘の部屋へ行った。娘の部屋の入口にいた奴隷は、誰も通さないよう命じられていたらしいが、相手がアントニアと知って恐る恐るという様子で中へ案内した。
寝台にいたリウィッラは、アントニアが入ってきたのを知ると物憂げに身体を起こした。その眼は赤かった。
「どうなさったの」
「気分が悪いそうね」
アントニアは言った。リウィッラは小麦色の豊かな髪をかきあげ、アントニアと同じ紫色の大きな眸で母を見つめた。我が娘ながら、何と美しくなったのだろう。やつれた様子さえ、何ともいえない艶がある。四十四歳になっていながら、そして二人の子供の母親でありながら、この娘は依然として「女」だった。潤んだような眸が、静かに揺らめいている。
「いいはずがないわ。わたしは婚約者を殺されたのよ」
「………」
「カエサルは血も涙もない男だわ! あの人を利用するだけ利用しておいて、どうしてあんな残酷な真似が出来るの!? あれは人間じゃない、おぞましい化け物よ!」
アントニアはアピカータの手紙を、リウィッラに投げつけた。
「カエサルを詰る前に、これを読みなさい。それから、わたしに説明してちょうだい」
「どういう事?」
アントニアは答えなかった。リウィッラは母親の剣幕に気圧された様子で、皺の寄った手紙を開き、目を落とした。
読み進むにつれ、リウィッラの顔色が変わった。アントニアはじっと娘を見つめた。美しい娘の白い手から、手紙が滑り落ちた。
「お母様………」
リウィッラの声は震えていた。
「違う………。お母様、これは違うわ」
「どう違うの」
「アピカータの言ってることなんて、みんなデタラメだわ」
「あなたは潔白なの?そこに書かれている、「共犯者」たちとは、何の関係もないと誓えるのね」




