第十九章 祈り 場面四 元老院(五)
場内はざわめいた。ティベリウスは構わず続けた。
「王政打倒以来、この国は共和政体を維持してきた。「第一人者」とは、本来、権威こそあっても、権力の面では何ら特権的地位を意味するものではない、ひとつの称号であるという事は、神君アウグストゥスが繰り返し述べてきたことである。この称号を、いつまでも一人の人間に、まして盛りを過ぎた老人に許し続ける事は、この国にとって望ましいことではないとわたしは考える。我が同僚諸君、この国の統治という事をどうか真剣に考えていただきたい」
ティベリウスはそこで演説を結んだ。ネロとドゥルーススを、護衛兵たちと共に先に邸へ戻らせ、空席にされていた最前列の椅子に掛けた。
議員たちの間に、居心地の悪い沈黙が降り、ひそかな囁きが交わされる。ティベリウスは席に腰を下ろしたまま、議員たちを見つめた。
九年間、ティベリウスは努力をした。元老院の官職を、ローマ市民の選挙から元老院議員の互選によると変えたのも、市民の人気取りに金をバラまくことよりも、この国を担う、選ばれた者に相応しい責務にこそもっと取り組んでもらいたかったからだ。六百人の合議体では対処しきれない緊急時には、少数の元老院議員たちからなる委員会を発足させることで危機への対処を図った。各属州の陳情の提出先も、第一人者ではなく元老院とした。多くの事柄を元老院に諮った。数年前のアフリカの反乱の際も、総督の人選は元老院に一任した。それをそのままティベリウスに丸投げする形で返してきたのは、元老院の方なのだ。
ティベリウスは、議員たちが口を開くのを待った。アウグストゥスの死の後で開かれた元老院でも、ティベリウスは同趣旨の演説をした。この国を担うべきは、我々であると。当時はまだ、元老院には活気があった。ティベリウスの言葉に反発し、ある者は演説をし、ある者は少なくとも野次を飛ばし、何らかの形で意思表示をした。それに対し、忠実な友グナエウス・ピソはティベリウスを擁護する発言を行い、神祇官ピソもティベリウス寄りの発言をした。
だが、九年が過ぎた今はどうだろう。ティベリウスはこの国の運営について議員たちに問いかけ、提案をしたのだ。それに対する賛意も反発も、議員たちからは聞こえてこない。ああ、いつでも奴隷に成り下がろうとしているこの人たちよ!




