第十九章 祈り 場面四 元老院(四)
「この悲しみのさなかの唯一の希望は、ゲルマニクスが遺した子供たちである。どうかわたしに、彼らを紹介させて欲しい」
元老院の扉が開かれた。ネロとドゥルーススは、議事堂の中の重々しい雰囲気に気圧された様子で入口に立っていた。執政官の一人ウェトゥスが椅子から立ち上がった。ゆっくりと彼らに歩み寄り、遺児たちを中へと導いた。ネロは十七歳、ドゥルーススは十六歳だ。ティベリウスは二人を順に抱擁し、それから議員たちに向かって言った。
「元老院議員諸君。わたしはかつて、この子たちが父を失った時、彼らには叔父にあたるドゥルースス・カエサルに託し、願った。彼らの叔父が、わたしの息子が、ゲルマニクスの子供たちを、血を分けた子供同様に愛し、慈しんでくれるように。そして、彼らを神君アウグストゥスの直系として、相応しい人間に育ててくれるようにと。
そのドゥルーススが突然この世を去った今、わたしは諸君にこうお願いしたい。どうか諸君の手で、この子たちを愛し導き、その栄えある祖先に恥じぬ立派な人間に育て上げてくれるように。この高貴なる責務を、わたしの義務であると同時に、諸君の義務でもあると考えていただきたい」
拍手が起こった。議員たちは席を立ち、口々に遺児たちへの忠誠を誓った。ティベリウスは遺児たちに視線を移した。
「ネロ、ドゥルースス。よく見るがいい。今日この日より、ここにいる元老院議員一同がそなたたちの父親だ。そなたたちは、自らの行動一つ一つが、このローマに大きな影響を及ぼす立場に生まれついている。神君アウグストゥスの孫を母とし、神君を大叔父に持つゲルマニクスを父として生まれたそなたたちは、どんな時も、その事を決して忘れてはならないのだ」
遺児たちは深く頭を下げた。ティベリウスは彼らを傍らにおいたまま、手振りで静粛を指示した。
「元老院議員諸君。諸君がこうして今、高貴なる責務を引き受けて下さった以上、わたしが養父より引き継いだこの「元老院の第一人者」の称号も、返上すべき時期に来ていると思う。
わたしは国のために身を捧げてきた。老境に入って久しく、身体も精神も既に盛りを過ぎた身だ。昨年には諸君の許しを得て、ドゥルースス・カエサルに護民官特権を授け、この職務の協力者として選んだ。そのドゥルーススが突然に亡くなった今、どうか彼に代わり、わたしの協力者として後を引き継いでいただけるよう切に求めたい」