第十九章 祈り 場面一 遺言(二)
「ドゥルースス」
呼びかける声に、ドゥルーススは辛うじて意識を取り戻した。傍らにマクロをみとめ、ドゥルーススは頬笑もうとした。
「………来たのか。ごめん、もう、そんな時間だったんだな」
マクロはドゥルーススの頬に手を当てた。
「………何て窶れようだ」
「………」
「ドゥルースス」
マクロはドゥルーススの眸をまっすぐに見つめ、囁いた。
「人払いをしてくれ」
ドゥルーススは言われた通りにした。使用人たちは退室し、室内は二人きりになる。マクロはそれでもしばらく黙っていたが、やがてうめくように言った。
「君はバカだ」
「………」
マクロは寝具を掴む。
「こんなになるまで―――何故、何もしなかった?」
ドゥルーススは強いて頬笑もうとした。
「夏の疲れが出たんだと思っていたんだ。だけど中々快復しなくて、そうしてるうちに段々、身体が動かなくなってきて―――」
「奴らの仕業だ。ほかに考えられるか?」
「………それは判らないよ」
「いい加減にしろ、まだ目が覚めないか!」
マクロは息だけで、それでも怒りを抑えられない口調で怒鳴った。
「一服盛られたんだ。そうに決まってる。心当たりはないのか?」
ドゥルーススは力なくかぶりを振る。
「やめてくれ」
「お人好しも大概にしろ。君は―――」
マクロは言いかけて、言葉に詰まった様子で黙り込んだ。ドゥルーススは友人を見つめる。マクロは寝台の端に腰を下ろした。右の手のひらで眼を覆い、天を仰ぐ。
「畜生め………!」
ほとんど息だけでうめく。
「今更、こんな事を言ったところで………!」
マクロ。
マクロ、ごめん。
ぼくは知っていた。知っていて、何もしなかった。君を苦しめた。それも知っていた。君の忠告も、ニゲルの勇気も、ぼくは無駄にした。
妻の罪を、ぼくはどうしても告発できなかった。差し出された毒杯を、ほとんどそうだと確信しながら、微かな光明を思いながら―――一息に飲み干したよ。




