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第十八章 裏切り 場面六 空虚(三)

「ティベリウス」

 義妹はじっとティベリウスの眸を見つめる。

ガイウス(ゲルマニクス)が死んだ今、あの子はたった一人で、あなたの後継ぎという大役を果たそうと頑張っているわ。それに、アグリッピナの子供たちにも実の父親のように愛情を注いでくれている。リウィッラが、自分の子供よりも大切にしているって怒っているほどよ」

 それも頭の痛い話だった。アウグストゥスの直系であるゲルマニクスの遺児たちは、ドゥルーススの「後継者」だ。実の子供への愛情と、公的な「後継ぎ」への感情はおのずと異なるのだが。ゲルマニクスに対するティベリウスの態度にしても、散々曲解され、口さがない市民たちの悪口の種になったものだった。せめて妻であるリウィッラには、ドゥルーススの立場を理解してやって欲しいと思うのは、土台無理な注文なのだろうか。

 ティベリウスの内心を察しているのかいないのか、アントニアは「あの子は子供だわ」と苦笑交じりに言い添える。それから、再び真剣な口調に戻って続けた。

「ティベリウス、どうかわたしの夫が死んだときの事を思い出して。あなたは輝かしい凱旋将軍として、アウグストゥスの右腕として称えられ、祝福されていた。でも、わたしは何だか不安だったの。今だから言うけれど、何度かピソ殿にも相談したわ。ピソ殿も、やっぱりあなたを心配していた。今のドゥルーススを見ていると、何だかあの頃の事を思い出すの」

 ティベリウスは義妹の淡紫色の眸を見つめ返した。アウグストゥスに反発し、全てを捨ててローマを去るティベリウスを黙って受け止めてくれたのは、身内ではこの義妹だけだ。思えばあれも弟が死んでから、四年後の出来事だった。ゲルマニクスが死んで四年―――ドゥルーススも、どうしようもない胸の空洞を抱え、それに負けまいと必死なのかもしれない。当時のティベリウスがそうだったように。

 ティベリウスは苦笑した。この義妹の洞察力には、いつも驚かされる。

「少し、気をつけよう。あれを信頼するあまり、気付かぬうちに負担をかけすぎたかもしれない。今あれにロードス島へ去られては、この老人は両腕をもがれたも同然だ」

 アントニアは微笑する。

「お互い、年をとったわね」

 ティベリウスは六十三歳、アントニアは五十七歳になっている。さすがに容色は衰えた。肌は艶を失い、皺が刻まれ、栗色の髪には白いものが目立つ。だが歳月はこの義妹に、若い頃とはまた違った豊かさを与えていた。生き生きとした淡紫色の眸は包み込むような優しさを湛え、声には深さと穏やかさを、所作には重みと優雅さを加えた。

 庭の木に登って鳥の巣を覗き、擦り傷だらけになっていた少女が―――

「どうなさったの?」

 義妹の問いに、ティベリウスはかぶりを振った。

 あなたは美しい、アントニア。

「申し訳ないが、あなたも少し見ていてやって欲しい。中々、男親だけでは行き届かぬところも多い」

「判ったわ」

 ドゥルーススの母親代わりといってもいい女性は、頬笑みを浮かべたまま頷いた。

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