第十章 混乱 場面六 軍団の暴動(四)
ホルタルス―――顔には見覚えがあったが、知らない名前だった。百人隊長であることは服装から判断できたが、恐らくここ数年で昇進したのだろう。ティベリウスがパンノニアにいた頃にその地位にあったなら覚えていたはずだ。
「ではまずブラエススに聞く。経緯を聞かせてくれ。出来るだけ詳しく。父君は無事か?」
「無事との事です。ありがとうございます。―――囚われの身ではありますが」
ブラエススはがっしりした体格の若者で、年は三十前―――ドゥルーススより少し上というところだろうか。軍団生活を送っていた者らしいきびきびした口調で、経緯を語った。
パンノニアの夏季陣営には、第八、第九、第十五の三個軍団が駐屯している。数で言えば、およそ一万八千人だ。その総指揮を執っていたブラエススが、アウグストゥスの死に対する国喪と、ティベリウスの最高司令官就任への祝賀を兼ねて、兵たちに休暇を命じたらしい。それがそもそもの発端だった。気持ちは判らないでもないが、「兵士に暇を与えるな」というのは、軍団維持の鉄則なのだ。暇があれば人は考える。ましてこの微妙な時期に任務から解放された兵士たちは、当然のこととしてこの先のことを考えたのだ。四十年間にわたって続いてきたアウグストゥスの治世―――それが突然途切れたのだから、不安になって当然だ。
それでも、昼間は平穏に過ぎた。だが日が傾く頃、以前は劇団に雇われて俳優に声援を送るサクラ役を務めていたという、口達者な男ペルケンニウスが、兵士たちを集めて演説を始めた。軍団生活の辛さを訴え、更に首都にいる親衛隊兵たちや、文明国であるシュリアやヒスパニアに駐屯している兵士たちに比べて、自分たち辺境を守る兵士たちの労働条件の悪さを大袈裟に嘆いてみせたのだ。