第十八章 裏切り 場面四 秘密(三)
ドゥルーススは、マクロの忠告を無視した。リウィッラに対しても、セイヤヌスに対しても、今まで通りに振る舞おうと努めた。今までそうしてきたように。
リウィッラ。
だけど、君は気付いているのではないだろうか。ぼくが知っている事に。
一体いつから、こんな風になってしまったのだろう。単純で気まぐれで、ちょっとわがままで、手の焼ける妹のようだった君と、嘘が下手で融通が利かなくて、悪友たちにからかわれてばかりいるぼくが、いつの間にかこんな大きな秘密を持ち合うようになるなんて。リウィッラ。君を、ぼくは責めるべきなのか。セイヤヌスを、罰するべきなのか。君にとって、ぼくはもう、軽蔑の対象でしかないのか。
リウィッラ。君に、判って欲しかった。ゲルマニクスを失った悲しみを、君と共有したかった。ゲルマニクスが死んで、ぼくがパンノニアから戻った時、君は生まれて間もない双子を抱き、ぼくを迎えた。大好きだった兄の死を悲しんではいたけど、君にとって最大の関心は、既に双子に移っていた。翌日には、もうぼくたちは派手な喧嘩をしたね。君はぼくが父の後継者に昇格し、双子がその後を継ぐのだと、そしてぼくもそのつもりだと信じて疑っていなかったのだ。
あの時から、ぼくたちは壊れ始めたのだろうか。それとも、もっと前から? ゲメルスは、まさか、あの男の―――?
あの男はぼくを侮辱した。ぼくの妻を、そしてゲルマニクスの妹を、その薄汚い血で汚したのだ。リウィッラ。何故だ。義叔母上の娘、ゲルマニクスの妹で、次期第一人者の妻である君が、何故、あんな男にその身体を許した? あんな卑しい薄汚い男に何故抱かれたのだ。
ああ―――何故、憎くないはずがあるだろう。ぼくが、怒りや憎しみをあの男に対して覚えなかったとでも? あの男への憎悪を、ぼくは口にしなかった。マクロはそれを、ぼくの優しさだと―――裏切りを怒るよりも、それを悲しむ人間だからなのだと、そう言ったけれど。
それは、多分違う。
君だから言えなかった、マクロ。セイヤヌスを憎む時、ぼくは、自分の中の貴族の血を思い知らされる。それを、ぼくはどうしても君に言えなかった。醜いね、ぼくは。貴族としての優越意識など、持っていないつもりでいたのに。
君が好きだよ、マクロ。でも、君はゲルマニクスとは違う。ああ―――灼けるように懐かしい、ぼくの兄弟。
でも、君はそんな事、とっくに知っていたのかもしれないね。あれほどの洞察力を持つ君だもの。君も、ぼくの悪友たちも。みんな、知っていたのかもしれない。ぼくが気付かないようにしてきた、こんな意味のない優越感のことを。知っていて、きっとぼくを赦していた。何だか、そんな気がする―――




